第10話 攻撃の刻

夕暮れの空を背に、CROWS本部のビルがそびえ立っていた。

鋼鉄とガラスの塔。

その周囲では、整備服を着た技術者たちが忙しなく動き回り、

各区画の点検を進めている。

警告灯が一定の間隔で点滅し、まるで建物の心臓が鼓動しているようだった。


その光の陰で、三つの影が静かに立っていた。

希佐、剣、そしてオードリー。

彼らの背を、沈みゆく夕陽が赤く染める。


「……時が来たわ。」

希佐の声は、風に溶けて消えた。


剣とオードリーは無言で頷き、

三人は闇の中へと歩き出した。


――本部内部。

数百のモニターが並ぶ制御室では、

アリステアとメアリーが青い光に照らされながら画面を見つめていた。


「来たか。」

アリステアが呟く。

メアリーは黙って頷いた。


自動ドアが音を立てて開く。

希佐は足を止め、背後の二人に言った。


「剣、オードリー……

 本当は、あなたたちを巻き込みたくなかった。

 あの時、私の心が揺れなければ……

 きっと一人で行っていたはず。」


彼女の声は震えていた。


「この時代に来て、私は誓ったの。

 二度と誰も危険に巻き込まないって……それなのに――」


オードリーが一歩前に出て、静かに口を開いた。


「希佐。

 私たちはあなたのことをまだよく知らない。

 たった二日、一緒にいただけ。

 絆なんて、本当はまだ何もない。

 でも、今ここにいるのは“自分の意思”よ。

 あなたのためじゃなく、私自身の選択として。」


剣は照れくさそうに頭をかいた。


「俺も……これが一時的なことだってわかってる。

 きっと希佐が元の時代に戻れば、全部終わる。

 でも――ありがとう。

 少しの間でも、誰かと一緒にいられて……嬉しかった。」


希佐は目を見開き、言葉を失った。

オードリーも静かに目を伏せる。


空気がわずかに揺れる。

それが答えのようだった。


――同じ頃、CROWSの最上階。


ガラス越しに街の光を見下ろす女、ケイシー。

背後にはジェレマイアとソヒョンが立っていた。


「ケイシー。」

ジェレマイアが切り出す。

「この時代に取り残された俺たちの中で……

 お前だけが、何も語らない。」


ケイシーは視線を横に向けただけだった。


「知る必要があるのかしら?」


室内の空気が凍る。

ソヒョンが不敵に笑い、場をなだめるように言う。


「もういいでしょ、ジェレマイア。」


だが彼は引かない。


「なぜ“立花希佐”を恐れる?

 どうやって俺たちの存在を知った?」


ケイシーの瞳に街の光が映り込む。


「……FATEが教えてくれたのよ。」

「FATE?」

「そう。

 あれが私をこの時代に連れてきた時、

 すべてを見せた。

 CROWSを築く理由も、あなたたちのことも。」


彼女の言葉が部屋を満たす。


――地下の通路。


希佐、剣、オードリーの三人が影のように動く。

エンジニアたちを静かに気絶させ、

奥の廊下へと進む。


「どっち?」

「右よ。

 エレベーターを降りれば、地下へ行けるはず。」

「了解。」


制御室のモニターに映る点が、ゆっくりと消えていく。

メアリーが画面を見つめ、唇を噛んだ。


「ここから先は信号が届かないわ。」

「もう止められないな。」

アリステアが小さく呟く。


――再び最上階。


ケイシーは窓の外を見つめたまま、

低く言った。


「けれど……FATEは“立花希佐”を見せなかった。

 彼女は運命の外側にいる。

 秩序を乱す異物。」


「異物?」

ソヒョンが問い返す。


ケイシーの声が、冷たく、しかし確信に満ちて響く。


「いいえ……“引き金”よ。

 彼女こそ、この世界を終わらせる存在。」


ジェレマイアの表情が固まる。

ケイシーは再び自分の映るガラスに目を向けた。


「私は確信している。

 立花希佐は——この世界を滅ぼす者になる。」


ソヒョンが小さく息を呑む。

「……じゃあ、FATEは今どこに?」


「わからない。

 でも見つけたら、私は必ずあれを破壊する。

 あの日、奪われた未来のために。」


彼女の目が光を帯びる。

「FATEを消し、この時を取り戻すの。」


――地下区画。


「見つけた!」

オードリーが叫ぶ。

地図に示された巨大な扉が目の前にあった。


希佐の手の中で、FATEレーダーが鳴り出す。

「全員、下がって!」


炎が弾けた。

“バスタード”が姿を現し、

扉を吹き飛ばす。


爆煙、衝撃、熱風。

人の形に戻った希佐は、荒い息を吐いた。


だが次の瞬間、光が走る。

轟音。

警報が鳴り響く。


「……やばい!」

メアリーが青ざめる。

「信号が——!」

アリステアは無言で歯を食いしばった。


通路の奥、煙の中から現れる影。

リリアナ。

両脇には武装兵。


「ソヒョンの言った通りね。

 いつかは来ると思ってた。」


銃口が一斉に向けられる。


「ちっ……全部バレてたのか。」

オードリーが呟く。


銃声が走った。

三人は崩れた扉の影に飛び込む。


――その頃、上階のモニターに映る映像。


ケイシーは息を呑んだ。

「……!」

彼女の視線が画面の中の二人に止まる。

「彼らは……!」


リリアナが手を上げた。

「撃つのはやめなさい!」

笑いながら叫ぶ。

「さあ、バスタード! 見せてもらおうじゃない!」


希佐は一歩踏み出す。

炎が爆ぜ、衝突の音が響く。


剣とオードリーも前へ。

光と音が交錯する。


リリアナは笑い続ける。

だがその刃は止まらない。


オードリーの糸が炎をまとう。

剣の蹴りが兵士たちをなぎ倒す。

炎と鋼が交差する。


やがて煙の中から三人が歩み出た。


ケイシーはモニター越しに彼らを見つめ、

無言のまま息を止める。


リリアナは膝をつき、肩で息をした。

「……本当に、面倒な連中ね。」


その背後で影が揺れる。


ソヒョン。


彼女はリリアナの頭に手を置き、

耳元で囁く。


「ジェレマイアは、こんな茶番を見たくて

 あなたを貸したわけじゃないと思うけど?」


リリアナは笑い返す。

「準備運動よ。」


ソヒョンの指が頬をなぞる。

「始めましょうか。」


彼女の身体が光に包まれ、剣の形へと変わる。

リリアナがそれを掴み、微笑んだ。


「……行こう。」


希佐は炎の中で立ち上がる。

「終わらせる!」

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