ハルカは手をつなぎたい

りな

第1話 ハルカは手をつなぎたい

■ハルカは手をつなぎたい


「手つないで帰ろ!」

「……なんて?」


 放課後の下駄箱、ヨッシーはクラスメイトのハルカに話しかけられる。


「えっ……ヨッシーと手をつなぎたいから!」

「あのさ?俺たちクラスメイトだよね?……それは彼氏としたら?」


「……そっか。順番が違うのか……」


 ハルカは小さくつぶやく。


 ヨッシーは靴を履く。

 いきなりのことでうまく履けない。

 ツンツン、ハルカが肩をつつく。


「ねぇ、ヨッシーこっち向いて」


 振り返る。ハルカが微笑んでいる。


「ヨッシーが好きです。付き合って!」

「……じゃあ一緒に帰ろー」


 ヨッシーは大きく瞬きをする。

 こっちが何かを言う前に、ハルカはローファーを履き始めている。


「ヨッシー?靴履けた?……じゃあ手?」


 ハルカは手を差し出す。

 ヨッシーはその手を見つめるが、すぐにハルカの顔に視線を向ける。


「手はつながない!……からかってんの?」

「えー?私の気持ち気づいてなかった?……もー帰りながら話そっか?」


 ヨッシーは小さくため息をつく。

 ハルカと二人で並んで昇降口を抜ける。




 九月、まだ空は明るい。

 歩道にネコジャラシの束がなびく。

 二人は車通りが少ない通学路を歩く。


「ねーねーヨッシー、マック寄って帰ろうよ?」

「えっ?ヤダけど」


 ハルカが楽しそうに誘ってくる。


「えー?じゃコンビニは?」

「ヤダ。早く帰ってクーラーの効いた部屋で、カルピス、漢字ドリル……それがいい」

「漢字ドリル?笑える」


 苦々しい目をハルカに向けてしまう。

 ハルカのことはよくわからない。


「ちょっと待ってて」


 ハルカは自販機に行く。

 小走りですぐに戻って来る。


「カルピスソーダ!」

「……おう」


 青と白のパッケージを持ってハルカは笑う。

 夏の青い空、爽やかな風を感じてしまう。


 ごくごくごく

 ハルカはペットボトルの蓋を開けて飲む。


「ヨッシーも飲む?」


 飲み口を向けてくる。


「飲まないよ……それも彼氏としたら?」

「カルピスソーダにつられて彼氏になる?」

「なんないよ」

「……ヨッシー?楽しいね。一緒に帰るの!」


 青と白、カルピスソーダ、ハルカの笑顔。

 視線が止まる。

 すぐに視線を逸らす。


 どこまでが本当なんだ?



 ハルカと同じ歩幅で歩いていく。


「ハルカは俺のことからかってない?」

「どうして?」

「その、さっき言ってたこと……本気なの?」

「本気だよ。手をつないで帰りたい!」

「ああ……」


 ヨッシーは眉をひそめる。


「今日も見てたし。気づいてると思った……バレバレじゃなかった?」

「……全然」

「バスケいつも点数つけてるでしょ?体育!」

「まぁな」


 ハルカは足取り軽く歩いている。


「ね!ボール。最後まで片付けてた」

「……そうだっけ?」

「あとヨッシーて悪口言わなくない?」

「裏ではめちゃくちゃ言ってる。めちゃくちゃ言ってる。……お前の寝顔チワワみたいとか」


 ハルカは笑う。


「嘘じゃん!」


 ヨッシーはアスファルトに目を向けながら歩く。



「入学式の日からだよ?」


 ハルカが言う。


 風が吹く、ハルカの髪がなびく。

 ハルカは思い出す。


 桜が舞う、白いチョークの香り、黒板に書かれた『薔薇』の文字。

 黒板の前を振り返ったヨッシーの真面目な顔。

 緊張して少し頬が赤かった。



「ヨッシーが、あの日『薔薇』って黒板に書いたから」

「自己紹介のとき?……あの時は焦った。えっ?」


 特技は『薔薇』の漢字を見ないで書けると言ったら、黒板に書かされたのだった。


「字がキレイだったから」


 ハルカの方を見ると、頬が赤くなっている。

 その目は遠くを見る優しい目をしている。

 ドクン、ヨッシーは心臓が跳ねるのを感じる。


「字で?そんなこと……ありえる?」

「ヨッシー?『一目惚れ』って言葉を知らないの?あるんだよ、世界にはそーいうことが!」


 青い空を背景にハルカは笑う。


 カンカンカン……遠くに聞こえる踏切の音。


「ねっ?手つないじゃう?」

「つながない!信じられないよ」


 ヨッシーはハルカの顔を見ることができない。


「でもずっと見てたよ」


「キレイな字を書くヨッシーの手も」


 ハルカの声が胸を刺激してくる気がして。

 ヨッシーは信じてしまいそうになる鼓動を止めることができない。



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