第9話:隠れ里での三日間
テツ爺に剣の製作を依頼してから、約束の三日間、俺はこの『フェン族の隠れ里』に滞在することになった。
やることもなく、さてどうしたものかと思っていた俺に、キナが声をかけてきた。
「マソスさん、もしよかったら、私がこの里を案内します!三日もあるんですから、ゆっくりしていってください」
断る理由もなく、俺は彼女の申し出を受けることにした。
キナは嬉しそうに尻尾を揺らしながら、里の隅々まで俺を案内してくれた。
巨大な木々をそのまま住居として利用した家々、清らかな水が流れる小川に設置された水車、薬草を育てる畑に、武具の手入れをする村人たち。始まりの街『テラ・オリジン』のような喧騒はないが、ここには穏やかで、確かな生活の営みがあった。
「私たちの里は、あまり外の世界と関わらないんです。だから、マソスさんのような方が来てくれるのは、とても珍しいんですよ」
「そうなのか。あんたはどうして、一人で森の外に?」
俺の問いに、キナは少しだけ俯いた。
「……私は、見てみたいんです。この森の向こうにある、もっと広い世界を。だから、少しでも外の世界に慣れておこうと思って……でも、いきなり水晶のリザードマンに襲われちゃって……」
彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
なるほど、この子も俺と同じ、冒険者気質なのかもしれない。
その日の夜、俺はキナの家に招かれ、長であるギンセツも交えて夕食を共にすることになった。
食卓には、見たこともない木の実や、香ばしく焼かれた川魚が並ぶ。どれも、システムが生成したとは思えないほど、素朴で温かい味がした。
「マソス殿は、これからどうされるおつもりかな?」
食事の途中、ギンセツが尋ねてきた。
「特に決めてはいない。ただ、自分の腕がどこまで通用するのか、試してみたいだけだ」
俺がそう答えると、ギンセツは満足げに頷いた。
「うむ、良い目をしておる。キナも、お主のような立派な剣士から、多くのことを学ぶといい」
「はい、父様!」
キナは目を輝かせながら、俺に言った。
「マソスさん!明日、少しだけ私に稽古をつけてもらえませんか?あなたの、あの戦い方を知りたいんです!」
翌日、俺はキナの申し出を受け、集落の外れにある広場で彼女と向き合っていた。
「いいか、俺の戦い方は単純だ。敵の攻撃を、見て、避けて、隙を突く。ただそれだけだ」
「はい!」
俺は剣を抜き、キナにいつでも打ち込んでこいと合図する。
キナは鋭い踏み込みで、短剣を振るってきた。獣人族特有の瞬発力はかなりのものだ。
だが、俺にはその剣筋がはっきりと見えていた。俺は最小限の動きでそれをいなし、カウンターの形で彼女の首筋に剣の腹をぴたりと当てる。
「……!」
「動きが正直すぎる。攻撃する前に、どこを狙うか考えてるだろ。敵にそれを読ませるな」
「は、はい!」
その後も、俺たちは何度も剣を交えた。
俺はスキルがない分、この世界のあらゆるモンスターの動きを、それこそフレーム単位で見切る訓練を積んできた。キナの攻撃は、それに比べれば赤子の手のようだった。
だが、彼女の筋は悪くない。何より、俺のアドバイスを素直に聞き入れ、吸収しようという意志が強かった。
稽古を終える頃には、彼女の動きは最初とは比べ物にならないほど洗練されていた。
「ありがとうございます、マソスさん!すごく、勉強になりました!」
汗を拭いながら、満面の笑みで礼を言うキナ。
いつも一人で戦ってきた俺にとって、誰かに何かを教えるという経験は、不思議と悪い気分ではなかった。
そして、約束の三日目の夕暮れ。
俺とキナは、里で一番高い木の枝に作られた見晴台にいた。
心地よい風が吹き抜けるそこからは、どこまでも続く雄大な森と、遠くに始まりの街の城壁がオレンジ色の夕日に染まっているのが見えた。眼下では、里の家々から夕食の支度をする煙が立ち上っている。
「三日間、本当にあっという間でしたね」
柵に寄りかかりながら、キナが少し寂しそうに呟いた。
「世話になったな。いい里だ」
「マソスさんは、新しい剣を手にしたら、行ってしまうんですか?」
「ああ。まだ、やらなきゃいけないことがある」
俺の言葉に、キナは少し黙り込んだ後、意を決したように俺の方を向いた。
「あの、ずっと聞きたかったんです。マソスさんは、どうしてそんなに大変な戦い方をしているんですか?スキルを使わないなんて……それは、あなたにとってどんな意味があるんですか?」
真剣な眼差しだった。俺は、縛りプレイだと嘘をついた時のように、適当にはぐらかすことはできなかった。俺は夕日を見つめたまま、言葉を探す。
「……確かめたい、のかもしれないな」
「確かめる?」
「ああ。この世界に、誰かが決めた『攻略ルート』以外の道が、本当にないのかどうか。システムに示された道だけを歩くんじゃなくて、自分の足で、誰も歩かないような道を進んだ先に、何が見えるのか。……ただ、それが見てみたいだけだ」
それは、呪われた俺が自分を正当化するためにひねり出した、後付けの哲学だった。だが、不思議と、本心からの言葉のように口をついて出た。
キナは黙って俺の話を聞いていた。そして、俺の横顔と、そのこめかみで淡く光るプリズムをじっと見つめた。
「その……不思議な光も、あなたの旅と何か関係があるんですか?」
「これか……まあな」
俺はプリズムにそっと指で触れる。ひんやりとしているのに、どこか温かい、不思議な感触。
「これは、戒めみたいなもんだ。俺が決めたこの道を、絶対に投げ出すなっていう……自分との約束の証、みたいなもんかな」
「約束の、証……」
キナは何かを深く理解したように、小さく頷いた。
「すごい……。マソスさんは、自分の力で、自分の物語を作ろうとしているんですね」
彼女は再び柵の外へと視線を向けた。その瞳は、さっきよりもずっと強く、遠くを見据えているようだった。
「私、この里が好きです。みんな優しくて、穏やかで……でも、だからこそ、ここにいるだけじゃ見えない景色があるって、ずっと思ってました。マソスさんの話を聞いて、それがはっきり分かりました。私も、自分の道を見つけたい。この森の外で!」
その言葉には、強い決意が宿っていた。
俺はそんな彼女の横顔を見て、自然と口を開いていた。
「誰も歩かない道ってのは、結構しんどいぞ。何度も転ぶし、誰も助けてはくれない」
「はい、そうですよね……」
キナは俯くと耳がしゅんとして垂れる
「だが……」
俺は、眼下に広がる絶景に目を細める。
「……そこから見える景色は、案外、悪くない」
俺がそう言うと、キナは驚いたように顔を上げた後、花が綻ぶように、嬉しそうにはにかんだ。
言葉はなかった。だが、俺たちの間には、確かに三日前にはなかった温かい空気が流れていた。
この出会いが、俺にとってどんな意味を持つのか、まだ分からない。だが、少なくとも、孤独だった俺の世界が、少しだけ色づいたような気がした。
その後も、俺たちは言葉を交わすことは無かった。
しかし、不思議と苦痛ではなかった。
それから5分ほどたっただろうか?その、静かな沈黙を破るように―――
カンッ……!キィンッ……!
集落の方から、ひときわ高く、澄んだ金属音が響き渡った。
鍛冶が終わった合図だ。
そして、間髪入れずに、テツ爺の野太い声が里中に響き渡った。
「おおおおおい、若いのォ!待たせたなァ!極上の一振りが、今、打ち上がったぜェェッ!!」
俺とキナは顔を見合わせ、頷くと、見晴台から一気に駆け下りた。
俺だけの、新たな力が待つ鍛冶場へと。
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