雨に濡れた記憶。

@toraco_p

第一章

第一話

横浜・関内。

午後三時、雨が降り始めた。

それは、まるで誰かの記憶を洗い流すかのような、静かで冷たい雨だった。


「……また、雨か」


喫茶店〈アンダンテ〉の窓際席で、刑事・神谷誠一はカップの底に残ったコーヒーを見つめながら呟いた。

彼の前には、白髪混じりの男が座っている。名を、佐久間仁。元・神奈川県警の鑑識課主任。

十年前に退職し、今は古書店を営んでいる。


「誠一、お前……あの事件をまだ追ってるのか?」


神谷は答えず、代わりに一枚の写真をテーブルに置いた。

それは、十年前の未解決事件――「関内連続絞殺事件」の最後の被害者、女子大生・三枝美咲の遺体写真だった。


「この子の死だけが、他と違う。現場に残された“痕跡”が、どうしても腑に落ちない」


佐久間は写真を見て、目を細めた。


「痕跡……って、あの“雨の痕”か?」


神谷は頷いた。

三枝美咲の遺体が発見されたのは、関内駅近くの廃ビルの屋上。

雨が降った形跡はなかったのに、彼女の周囲だけが濡れていた。

しかも、雨粒の形状が不自然だった。まるで、誰かが“雨を模した液体”を撒いたかのように。


「鑑識は“水道水”と断定した。でも、俺は違うと思ってる。あれは……“記憶”だ」


佐久間は眉をひそめた。


「記憶?」


「この事件には、誰かの“記憶”が関与している。

 それも、誰かが意図的に“記憶を再現”しているような……そんな気がするんだ」


神谷の言葉に、佐久間はしばらく沈黙した。

そして、ポケットから一枚の古びたメモを取り出した。


「誠一……これを見ろ。十年前、俺が最後に調べた“痕跡”だ。

 お前が言う“記憶”に関係してるかもしれない」


メモには、こう書かれていた。


『雨は、彼女の罪を洗い流す。

でも、僕の記憶は、濡れたままだ。』


神谷はその言葉を見て、息を呑んだ。

それは、まるで――犯人の“告白”のようだった。

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