第18話 これからも友だちとして、よろしくね

 海原さんにお礼がしたい!という真夏の提案で、近所のイタリアンファミレスに来たものの……前方には副会長と真夏、両脇にはいのりと深冬。さっきのチャラ男じゃあるまいし、男女比1:4の食事会は、俺にはあまりにハードルが高い。


「今日は私が払うから、瑠奈ちゃんは好きなもの頼んでね! デザートも食べる?」

「大丈夫です。自分が食べたものは、自分が払います」

「ううん。私は瑠奈ちゃんに助けてもらったから。そのお礼がしたいの」

「わ、私は……自らの信条に基づいて行動しただけです。感謝される謂われはありません」

「もー、瑠奈ちゃんは固いなー」


 急激に海原さんとの距離を詰める真夏を前に、俺は黙ってミラノっぽいドリアを食す。

 夏休中にもかかわらず、海原さんは制服をピシッと着用しており、眼鏡には汚れ一つない。ただし普段の三つ編みは解かれていて、降ろした髪にウェーブが掛かっており、どこか妖艶な雰囲気もある。


「お三方も。わざわざお付き合いいただき、ありがとうございます」

「いえいえそんな……こちらこそありがとうございます」

「お構いなくで~す。あっ! あたし白水いのりって言いま~す。1年生で~す。よろしくで~す」

「……私は……涼川……深冬」


 海原さんに合わせ、俺を含むこちら側の3人もぺこっと頭を下げる。

 いたって平和な空気だけど、俺は先日詰められたトラウマもあり、まだ少し彼女が怖い。


「もちろん。お2人のことも存じ上げています」

「……そう……なの」

「はい。全校生徒の顔と名前は、しっかりと把握していますから」

「すごっ!?」

「いえ。生徒会役員として、当然のことです」


 絶対に当然ではない。校長先生だって、俺の顔と名前はうろ覚えだろう。……いや、問題児だから覚えられてるか。


「それに。深冬さんは今年、ずっと成績1番ですもの」


 海原さんの表情に、少し陰りが覗いた気がした。

 そういえば、去年のテストは全部海原さんが1位なんだっけ。突然それを深冬に奪われたとなれば、そりゃ意識もする。焦りもあるだろうし。


「……最近は……勉強……頑張ってる」

「そうですよね。もっと私も、努力します」


 きっと海原さんは根がすごく真面目で、だからこそ、自分にも他人にも厳しくあろうとするのだろう。

 俺も何かに秀でた人間ではないからこそ、努力に真摯なその姿勢には、勝手に親近感を覚えてしまう。


「あんまり暗い顔しないで、瑠奈ちゃん」

「え、えぇ」

「ドリンクバー、何か飲む? ついでに持ってくるよ」

「ありがとうございます……真夏さん。それじゃあ、メロンソーダをお願いします」

「わかった!」


 海原さんに控えめに名前で呼ばれ、真夏がとても嬉しそう。

 ……なんだこれ、めっちゃ尊いぞ。顔立ちが凛々しい海原さんだけど、なんかすごく可愛いらしく見えてきた。百合こそ至高、百合こそ正義だ。


「あれ、天宮のコップも空っぽじゃん」

「えっ?」

「一緒に行こっ」

「あぁ……うん」


 真夏に話しかけられたのが久しぶりで、反応に少し困ってしまった。俺もプラスチックのコップを持ち、慌てて真夏の後について行く。


「なんか今日の天宮、緊張してない?」

「そりゃ……緊張もするだろ」

「可愛い女の子がいっぱいいるから?」

「まぁ、うん」

「ふふっ。天宮も男の子だねぇ」

 

 悪戯っぽく笑いながら、真夏がドリンクバーのボタンを押す。


「……さっきはありがと、天宮」


 勢いよく注がれるメロンソーダを眺めながら、小さな声で真夏が言った。だが俺は、真夏に感謝される覚えがない。


「俺、何かしたっけ?」

「天宮もさっき、私がプールで絡まれた時、助けようとしてくれたじゃん」

「あぁ」


 たしかに助けようとする意思はあった。

 でも実際には、深冬の方がずっと反応が早かったし、俺は3歩ほど移動しただけ。それで感謝を受けるのは、さすがに申し訳がない。


「感謝は全部海原さんと深冬さんに伝えなよ。俺は何もしてないし」

「たしかに何もしてないけど」

「おいっ」

「それでも私は……嬉しかったから」

「そっ、か」


 改めて感謝を口にされると、ちょっと照れくさい。

 熱くなった顔を隠すため、俺は自分のコップをドリンク場にセットし、注がれるオレンジジュースに視線を集中する。


「というかむしろ俺、真夏さんに嫌われたと思ってた」

「私に? なんで?」

「だ、だって。最近は明らかによそよそしかったし」

「そんなことないと思う……けど」

「けど?」


 真夏の方を見ると、彼女はメロンソーダを両手に持ちながら、自信なさげな表情を俺に向けていた


「天宮にとってはさ。私は、かな?」


 友だち──というには、俺と真夏には差がありすぎる。一方は校内随一の美少女で、一方は陰キャなオタク。しかもクラスメイトにも教師にも疎まれているときた。俺が真夏を友だちと呼ぶのは、あまりにおこがましい気がする。

 でも、一緒に映画観に行った人が友だちじゃないなら、もはやどこからが友だちかいよいよわからない。となるとやっぱり、信じがたいけれど、俺と真夏は友だちなのだろう。


「友だち……だと思う、たぶん」

「そんなに悩むこと!?」

「ご、ごめん」

「謝られるのも違うけど……まあ、でもそうだよね。友だちだよね。うん」


 その答えを噛み締めるように、真夏は何度も何度も頷いた。……そう自信なさげな顔をされると、俺もちょっと不安になる。


「ねぇ、天宮!」

「は、はいっ」

「これからもとして、よろしくね」


 真夏の笑顔はわざとらしいくらい、満開に咲き誇っていたけれど。

 俺はその瞳から、一抹の寂しさを、感じ取っていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る