高嶺の花の双子姉妹は、俺の”初めて”が欲しいらしい

薬味たひち

第1話 ……星波《せな》の初めて……もらっちゃうね♡

 俺、天宮あまみや星波せなには嫁がいる。

 誰よりも可愛くて、笑顔が眩しくて、芯が強い。困難に立ち向かう勇気があって、ピンチの時には変身もするし、必殺技だって出す。

 そんな、俺は心から愛しているのだ。


 三次元の女性など眼中にない。

 真実の愛は二次元にこそある。

 これが俺のオタクとしての矜持。

 それなのに──


「……星波せな……来て……くれたんだ」


 なぜか今、俺は視聴覚室で、学校№1の美少女と対峙していた。


「あの、深冬さん? 話って」

「……ふふ……とっても……大事なこと」


 すると涼川すずかわ深冬みふゆは無表情のまま、扉の鍵をかちゃりと閉める。


「み、深冬さん!?」

「……これで誰も……入れないね……ふふっ♡」


 消え入りそうな声で囁いた彼女は、相変わらず感情の読めない顔で、ゆっくり距離を詰めてくる。

 肩まで伸びた美しい黒髪は、外からの風にさらさらと靡く。その整いすぎた容姿には、思わず見惚れそうになってしまうけれど──心を奪われている場合じゃない。


 え、なんでこの人鍵閉めたの? 誰も入れないってどういうこと? 俺、殺される???


「……ねぇ……星波せな……聞いてもいい?」

「う、うん」

「今朝……2人で歩いてたのって……彼女……?」


 ──いのりのことか。


「あいつはただの幼馴染だよ」

「……ほん……とに?」

「うん。ほんとに」


 きっぱりと俺は告げた。

 いのりはただの腐れ縁だし、そもそも俺は二次元に嫁がいる。最愛の人を裏切るなんて言語道断だ。


「……じゃあ……誰かと付き合ったことは……ある?」

「それも断じてない」


 もちろん三次元には限るけど。


「ふふっ……よかった」


 口では笑っているのに、涼川深冬の表情はまったく動かず、何を考えているのかわからない。1歩、また1歩と俺に迫り、そして──壁に背中が触れた。


「……もう……逃げられない……ね♡」


 彼女の瞳の煌めきが、至近距離で俺を捉える。

 ムニッと押し付けられた胸の柔らかさと、ふんわりと香る甘い匂い。そして艶っぽい唇と首筋を伝る汗に魅了され、俺の鼓動は限界まで高鳴っていた。


「いや、深冬さん。ちょっと距離が……」

「……あれ……星波せな……ここ」

「な、何?」

「私に……発情してる……よね……?」


 深冬が俺の下半身に視線を落とす。なるほど、たしかに俺のズボンは妙な膨らみを見せている。

 ……だが二次元に嫁を持つ身として、この不都合な事実浮気を認めることはできない。


「してない、です」

「ほんと……?」

「ほ、ほんとに」


 すると深冬は怪訝な顔で俺の身体をじろじろと観察し、やがてうんと頷いた。


「……たしかに……これは陰部の血流量が……増えただけ……私の性的魅力との関連はまだ……わからない」


 いやごめんなさい嘘つきましためっちゃ魅力感じてます。

 ──うぅ、なんでこんなことに。


~~~


 遡ること5時間前。昼休みのこと。


「あの真夏まなつさん! よ、よかったら俺と一緒に、お弁当食べませんか?」

「はぁ!? なんで私があんたと食べなきゃいけないのよ。友だちと約束してるから普通に無理」

「ご、ごめんなさい……」


 窓際の席ではいつものように、男子がナンパに失敗していた。真夏と呼ばれたその美少女は、近くの女子たちと笑い合いながら学食へと向かう。

 そして廊下側にも、同じ顔の美少女がもう一人。


「真夏さーん。今日の放課後って時間あったりします?」

「空いてない……それに私は真夏じゃない……深冬」

「あ、間違えましたっ! 深冬さーん。今日の放課後って時間あったりします?」

「だから……忙しい……さようなら」


 真夏と呼ばれた別の美少女もまた、男子の誘いを丁重に断っていた。


 涼川すずかわ真夏まなつ涼川すずかわ深冬みふゆ。 

 彼女たちを人は『高嶺の花の双子姉妹』と称する。


 さらさらの黒髪と、サファイア色に煌めく瞳。その圧倒的美貌に加え、スタイルも良く胸まで大きい。そんな美少女が2人もいるのだから、入学式の日からそれはもう話題になっていた。俺は去年クラスが別だったのに、耳に入るのは双子姉妹の話ばかり。まさに全校生徒の憧れ、高嶺の花なのだ。


「天宮~」

「なんだよ中村」

「また振られたんだが~? どうしてくれる」

「……そりゃ双子を人違いしてOKもらえることはないだろ」

「細かいことはいいんだよ! 俺は真夏さんにも深冬さんにも、一途に10回以上告白してるんだからな」

「2人以上に告白する男を、普通は一途と呼ばない」


 こいつは隣席の中村。断じて友だちではない。見ての通り、失礼が服を着たような男だ。

 一応強豪バスケ部のレギュラーなのに、そのデリカシーの無さは折り紙付きで、マネージャーを含めた女子部員全員から疎まれていると聞く。気の毒だが同情はしない。


「俺は人を見た目で判断しないからな。可愛いと思ったら即行動だ」

「そうですかそうですか」


 中村は論外だけど、涼川姉妹は実際かなりの数告白されているらしい。だがツンとした真夏と寡黙な深冬、どちらも難攻不落で誰もデートすらできていないとか。それもまた、彼女たちが高嶺の花と称される所以だ。

 ……昔はもう少し話しやすかった気がするんだけど。


「おい、天宮」

「ん?」

「真夏さんがこっち来てる……!」


 いや、あれは深冬の方だろ。

 それに中村が期待するような話は絶対にないと思う。


「……ちょっと……いいかな」

「ま、真夏さん! もしかして今日の放課後急に時間ができたり──」

「……私は深冬……あなたに……用はない」

「うっ」


 すると次の瞬間。

 涼川深冬は俺の手をパッと握った。


「み、深冬さん!?」


 ──おい! 深冬さんが天宮の手を掴んでるぞ。

 ──えー、ショックなんだけど。

 ──なんであの残念オタクが……。

 ──深冬ちゃん、もしかして男の趣味悪い?


 クラスメイトのネガティブな視線が刺さる。

 手を握られただけで酷い言われよう。残念オタクって俺のこと?


「……星波に……大事な話が……ある」

「は、はい」

「……放課後……視聴覚室に……来て」


~~~


 そんなこんなで、のこのこやって来たのが運の尽き。

 俺は監禁され、窓際に追い込まれ、絶体絶命の状況に陥っていた。


 彼女の目的はなんだ? 俺をどうしたい?

 視聴覚室は人があまり来ないし、助けはたぶん望めない……ここから飛び降りて逃げるか? 2階だし、上手くいけば軽い骨折で済むかも。


「……ふふっ……星空の初めて……もらっちゃうね♡」

「初めてって──!?」


 涼川深冬は俺に胸を押しつけたまま、慣れた手つきでブラウスのボタンを外し始めた。紫色のブラジャーが少しずつ露わになり、豊満な胸の谷間に目が吸い寄せられ……いやさすがにまずいって!


「なにしてるのふゆ!!!」


 すると突然。

 教室後ろの扉がバーンと開いた。


「……お姉ちゃん……なんで」

「離れなさい、ふゆ」


 そこに現れたのは、もう一人の高嶺の花──涼川真夏だった。

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