第2話 二人の邂逅

   シンジSIDE

 マリコさんとの初顔合わせ、デートとはまだ言えないよなと思い、最初はあの日緊縛に出会った街にあるお気に入りの喫茶店にした。隠れ家的で、奥なら他の人が来ないから少し踏み込んだ話もしやすいかなと考えた。

 

 その旨を、連絡すると、了解の連絡が来る。

 女性と会うために出かけるなんて、何年振りだろうか。初対面の格好に悩み無難にジャケットスタイルにした。待ち合わせの30分前にお店に入って一番奥が空いてるのを確認し、そこに座ると、目印に約束した二人とも愛読している作家の本をテーブルに置く。店主が水を持ってくるよりも早く、カランカランと扉の開く音がした。

 

 白いワンピースが似合う美女が入って来た。手には、私が机に置いたのと同じ本。

 そのまま真っ直ぐ僕を見て歩いてくる。

 

「は、はじめまして、シンジです」立ち上がって僕は一礼する。

 

「はじめまして、マリコです。早めに来たつもりだったんだけど、シンジさんの方が、もっと早かったですね」笑顔でそう言われた時に、僕はもう恋に落ちていたのだと思う。

 

 座るよう促すと、マスターがグラスに水を二つ置いて、注文を聞く。僕はブレンドとケーキのセットを、彼女はミルクティーとケーキのセットを頼んだ。

   SIDE END

   

   

   マリコSIDE

 抄妓しょうこさんに通話で何着て行ったら良いと思う?と相談して、結局、白のワンピースを選んだ。

 元主の前では着たことのない、可愛い服を久々に着てみた。

 

 約束の喫茶店に着くと、中をみまわす。すると一番奥に男性が座っている。テーブルの上に本らしきものが置いてある。きっとあの人だわ。そう確信して近づいていく。

 ジャケットが似合う、眼鏡がよく似合う真面目そうな男性。

 優しそうな雰囲気が、これまでアングラの世界で会っていた男性とは180度違う。

 新鮮で良いなと思った。

 

 挨拶して頑張って笑顔を作ると、ぎこちない笑顔で返してくれた。

 そんな笑顔が可愛いと思った。男性に対して思ったことのない印象だ。けれど、悪くないな、なんて。

 私どうしちゃったのかな、ドキドキしてきた。

 

 紅茶もケーキも、話してくれてた通り美味しくて、心が浮き立つ。

 頑張って話しかけてくれているのがわかると、嬉しくなる。

 そういえば私は、こんな普通のデートなんて、こんな歳なのに、初めてなんだわ。そう、気づいた。

   SIDE END



   シンジSIDE

 マリコさんは僕より1つ歳上の31歳とわかった。でも話していると少女みたいな初々しい反応で、外見とのギャップがあり、そこが可愛いなと思った。

 

 好きな本の話や、日常のお話をある程度した所で、本題にいよいよ触れようと思う。少し緊張しながら聞いてみる。

 

「そうだ、探しててやっと見つけたんですよ。お話ししていた私が衝撃を受けた縄の写真、この人のなんですよ」僕はスマホに映る写真をマリコさんに見せる。

 

「あ、これ……、抄妓しょうこさんだ」とマリコさんが名前を呼ぶ。

 

「え、ご存知なんですか?」と問うてみる。

 

「はい、私が親しくさせていただいてる方でみどりという緊縛サロンの店主さんですよ。宜しければ、今度ご案内しましょうか?」

 

「はい、ぜひお願いします」

 

 さすがに縄を知ってる人、あっさりと写真の人と縁が繋がった。それに、次回に会う……約束ができたのが嬉しかった。

   SIDE END



   マリコSIDE

「あ、あの、シンジさんはこういう写真を見て、どう思いましたか?」勇気を振り絞って尋ねる。

 

「綺麗だなというのが最初ですけれど、自分でもこんな風に縛ってみたいと思いました」真っ直ぐに私を見つめながら言う彼に、私は1番したかった質問をした。

 

「あ、あの、縛る相手は私なんかでも、よ、良いのでしょうか?」言うなり、真っ赤になって目を伏せてしまう。

 

「そ、それはもう、願ったりかなったりというか……。あ、あのマリコさん、僕にまだ縄ができるのかどうかもわからないですけれど、今日会った時から、貴女を縛りたいと思いました」そう言う彼の手が緊張に震えている。

 

「どうか……僕とお付き合いしてください」突然の告白です。どうしていいのかわからず、私は曖昧な返事を返すことしか出来ませんでした。

 

「今度会う時まで、返事待ってもらって良いですか?」

 

「突然こんなことを言いだしてごめんなさい。でも気持ちは本当のことなので、2人がもっとお互いを知るために、仲良くなっていくために、恋人として縄をはじめてみたいと思いました」


 優しくこちらを見つめてくる眼差し。こんな風に男性と接したことのない私はただただ顔を赤くしてるしかなく。

 

「ありがとうございます」そうして、返事を待ってもらい、その日の初顔合わせは、何とか終わった。



 帰ってきて改めてみどりの案内を送る。

 素敵な人だったなと考えていると抄妓しょうこさんから通話が来た。

 

「もしもし、デートどうだった?」

 

 デートという言葉に、今更顔が赤くなる。

 

「そんなデートなんて……」

 

「男と女が待ち合わせして2人きりで会うのはデートか、保険かネズミ講の勧誘よ。」

 

 そんな話から相手の印象とか、相手の態度とか色々聞かれた。来週連れて行く話をしたらすごく喜んでくれた。

 前のご主人様と会っている時間は喜びと同時に常に緊張があったけれど、シンジさんとの時間は穏やかで優しい時間だったことも話す。

 そして告白されたことも報告した。何と返事していいかわからなくて困ったことも。

 

「マリコちゃんって、普通の恋愛経験全然なかったでしょ? 今あなたは初恋をやり直してるのよ。昔できなかった分、いっぱい楽しむといいわ」と抄妓しょうこさんが言う。

 

 初恋のやり直し、確かに私には普通の恋愛経験はゼロだ。若い時はそんなものに全く興味がなく、主従の関係だけが真実の愛と思っていた。正直、今のメールで普通の話をしているだけで、ドキドキするなんてことが自分に起こるなんて、正直今でも不思議でしかないのだ。抄妓しょうこさんのその言葉が、とても心に残った。

 

「経験ないなんて、何でわかるんですか?」と恥ずかしくなって聞いてみる。

 

「うーん、それはね、あなたが昔の私にそっくりだから……かな。30過ぎにもなって普通のデートなんてどうしていいかわかんないでしょ?その人と一緒にいるだけで、ドキドキ暖かい気持ちになるなんて、なんでだろう?って思ってるでしょ。私もそうだったから……ね。一緒にいるだけで感じて、下着が濡れてくるとかなら、いくらでもあったけどねぇ〜。」と冗談めかして言ってくる。

 

「あ、……私みたいな、恥ずかしいことばかりして来た人間が、あんな素敵な人の側に居ていいんでしょうか?」小さな声で、ずっと思ってた怖い話を口にしてみる。この人になら話せる、そう思って。

 

「そうねぇ、してきたことその事実は変わらないし、前のご主人様は、ああいう人だったから、貴女の昔の姿を知ってる人も、それなりの数いるし、この世界から縁を絶つならともかく、彼は縄をしたいって人なんだから、永遠に隠せることでもないわね」そこで一度言葉を切って、こちらを確認するように言葉を待っている抄妓しょうこさんに私は相づちをかえす。

 

「過去のそれを気にする人もいるだろうし、気にしない人もいるだろうし、気にしてもきちんと向き合って、包み込んでくれる人もいるわよ。シンジさんがどんなタイプなのかはわからないけど、話すなら早目にある程度話した方がいいかもね」そうか、早めに確認しないと後になるほど辛くなる……わよね。と思ってるとまた言葉を繋いでくれた。


「ちゃんと経験年数10年以上って出会いサイトのプロフには書いてたんだし、それを知って向き合ってくれているのは間違いないんだから、一旦信じてお話しするしかないわね。今度連れて来た時に、一緒にいてあげるから話しちゃおう? 話すならきっと早い方がいいわ」

 そう言ってくれるの抄妓しょうこさんに、私はお願いしますと見えもしないのに頭を下げていた。

   SIDE END 

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