オカルト


 ◆



 菖治くんとの進展が何もないまま、月日が過ぎていった。



 冬が近付いて、外はどんどん寒くなる。学校の木の葉もすっかり落ち、駅前ではイルミネーションが点り始めた。帰り道、一人でそれを見た時、ふと菖治くんを思い浮かべた。



 ――菖治くんと一緒に見たい。



 そう思って、次の日、学校で菖治くんを誘おうとした。



 けれど、昼休みになると菖治くんは教室から姿を消した。トイレだろうかと思って廊下に様子を見に行ってみたけれど、いなかった。



 仕方ないのでトイレへ行って、手を洗ってから教室へ戻ろうとして、私は廊下の角で足を止めた。



 廊下の先に、見慣れた後ろ姿があったからだ。



 菖治くんと、クラスで可愛いと噂の女子生徒だった。



 菖治くんは窓際に立って、スマホを手にした彼女と向かい合っていた。



 淡い茶髪を緩く巻いたその子は、笑いながら菖治くんに画面を差し出している。



「じゃあ、後で待ち合わせ場所について連絡するね。連絡先、教えてくれてありがとう」


「いーよ。また色々決まったら、連絡ちょーだい」



 指先が触れそうな距離で、二人の笑い声が小さく響く。



 傍から見れば、美形のお似合いカップルだ。



 心がざらつく。私は廊下の陰に身を引いた。



 まるで、見てはいけないものを覗き見たような気分だった。



 菖治くんが他の誰かに笑いかけていることに、無性に腹が立つ。



 前世では、あれだけ私のこと好きだったくせに。殺すほど好きだったくせに。



 菖治くんはデートを重ねてくれるけれど、私と付き合う気は全くないように感じる。彼はきっと、私に惹かれていない。であれば、これ以上は時間の無駄だ。



 〝菖〟は私のことが好きだったけれど、〝菖治〟は私を好きにならない。



 そう確信できた時、私は菖治くんを避けるようになった。



 1668という痣が何故だか痛む。



 あの前世に取り残されたまま、空っぽになってしまったような気持ちだった。




 ◆



 教室のストーブの効き目が弱く、指先がかじかんでシャーペンの動きも鈍くなる。



 期末テストまであと三日。



 放課後の教室には数人しか残っておらず、ページをめくる音と、風邪気味な生徒の咳の音だけが響いている。



 私は一人、日本史の教科書を広げて、マーカーを引きながら黙々と暗記していた。



 菖治くんを避け始めてからもう一ヶ月になる。



 昼休みに姿を見かけても、わざと廊下を遠回りした。



 話しかけられそうになるたび、聞こえないふりをして教室を出た。菖治くんが何かを言いたげにこちらを見る視線にも、気付いていないふりをした。



 そもそも、前世のことを引きずっていたのが間違いだった。



 三百年も前の恨みじゃなくて、今目の前にあるテスト勉強の方が重要だ。そうに決まっている。



「そこ、テスト範囲じゃないよ」



 突然、私の机の上に影が落ちた。



 顔を上げると、眼鏡をかけた男子がノートを抱えて立っていた。



 隣の席の宮下くんだ。クラスでも指折りのガリ勉で、提出物も常に満点、教師からの信頼も厚いタイプである。



「え?」


「そこ、摂関政治の成立の後の章でしょ。テスト範囲は遣唐使廃止までだよ。ほら、先生が黒板に書いてたじゃん」



 宮下くんは自分のノートを開いて見せる。細かい字で、びっしりと要点がまとめられていた。



 あまりの几帳面さに、私は圧倒された。



「……ほんとだ。全然気付かなかった。ありがとう」


「花さん、いつも肝心なところを間違えてるよね。あと、この教室18時で閉まるらしいから、図書室に移動した方がいいよ。一緒に行く?」



 その言葉にペンを置き、窓の外の真っ暗な空を見上げる。



 帰宅して勉強してもいいが、気分が乗ってきたところなので、もう少し暗記したい。


 ペンとノートを鞄にしまって立ち上がる。



 窓の外はもう薄暗く、校舎の外灯が点り始めている。



 宮下くんと並んで廊下へ出ると、冷たい空気が肌を撫でた。足音が廊下に二つ、規則正しく響く。



 宮下くんとは、クラスメイトとはいえ普段頻繁に会話をするような仲ではないので、気まずい沈黙が続く。会話内容に困った。



「……ちょっと怖いね。幽霊でも出そう」



 絞り出すように薄暗い廊下の感想を述べると、途端、宮下くんがぐるりと顔をこちらに向ける。



「幽霊と言った?」


「え? うん」


「花さんは、やっぱり幽霊とか信じるタイプなの?」


「え? うん……」



 予想外の食いつきっぷりに動揺しつつも頷く。



 すると、普段真面目な宮下くんの口元がだらしないほどに緩んだ。心なしか、眼鏡がキラリと光った気がした。



「いつも僕の塩を笑わずに受け取ってくれるから、花さんもきっと分かってくれる人だと思ってたんだ。実は、僕もオカルトマニアなんだよね。超自然の力には目がなくて……」



 幽霊の存在は信じる方ではあるが、オカルトマニアであるとまでは言っていない。早々に仲間認定されて動揺する私の横で、宮下くんはイキイキと語り始める。



「特に今、平安時代について学んでいるでしょう? あの時代は呪術全盛期だったらしくて、呪符とか色んな呪物がそこら中で保管されていたと言うよね。その呪物は闇取引されて、戦乱の時代にも残され、ついには江戸、明治まで伝わっていたものもあるらしい」


「そうなんだ……」



 この怖い雰囲気の中でそんな話をしないでほしい。


 しかし、図書室に辿り着くまでの話のネタとしては申し分ないだろう。そう思い、宮下くんの話に適当な相槌を打ちながら耳を傾ける。



「特に現存している可能性が高いのが、〝転生の小刀〟」



 転生、という単語に、私の足が一瞬止まりかけた。




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