第4話

朝の校舎。日の光はまだ柔らかく、廊下の床は淡い影を引きずっている。

神楽ていは制服のスカートの皺を手で整えながら、教室に足を踏み入れた。

その瞬間、廊下の奥からひそひそとした声が聞こえた。


「ねえ、聞いた? 夜中にグラウンドの裏で誰かが叫んでたって」

「うそ、また“変質者”…?」

「いや、もっと…”生徒”の声っぽかったって、震えてたって話だよ」


ていはその会話が向こう側から漏れてくるのを感じ、足を止めた。

目を細め、そっと声の主たちを探す。数人の生徒が、教室の外で視線を伏せながら小声で囁き合っていた。


(“夜中に叫び声”…か)

ていの胸が微かにざわつく。夜ごとに広がる”彼女”の力が、

静かにこの学園の根を侵しているのだろうか。ていは焦燥感に駆られていた。

もう二度と、”彼女”による犠牲者を出してはいけないと。


ていは気付かれないように身体を教室の影に隠し、耳を澄ませる。

「そんなことより駅前に新しい店ができたって知ってる?」

「あー!おいしいパン屋さんでしょ?しってる!」


しかしその声の主たちは別の話題に夢中になってしまう。

ていは有力な情報が得られなかったと少し肩を落とし、教室での定位置…

すなわち自分の席に腰かけ、本を取り出した。


すると高塚かなが窓際の席でていの行動を見ていた。

ていがそれに気づき、かなを見つめるとかなの目がさっと伏せられる。

その表情には、気まずさと、少しの恐怖が混じっていた。


「高塚か。何か不安なことでもあるのか?」

ていは静かに声をかける。

だが、かなはすぐに首を振った。

「…何でもない。なんかさ…変な噂話増えたな…なんて思ってさ。こういうのていの方が詳しいだろ?何か知らないか?」


かなの不安は学校での噂話の件だった。

いつもは明るいかなの表情がいつもと変わらないように見えるが、ていにはかなが無理して表情を作っているように見え、むしろていを心配させた。

「…私とてすべてを知っているわけではない。高塚の方こそ何か気になることは無いか?」

「…そうだなぁ…あたしがきいたのは3人の生徒が変だって話だな」

「…3人?女子生徒か?」

「はい、そうですよ」

「あ、黒須さん」


ていとかなの会話に黒須ゆうなが割り込んできた。

「…ほぉ。詳しく聞きたい。」

「ええ。いいですよね?高塚さん?」

「ああ。黒須さんの方がそういうの詳しいだろ?むしろお願いするよ」

「はい、わかりましたわ」


ゆうなはにっこりとほほ笑み、噂の3人の女子生徒について話し出す。


─ひとり目は、真壁りか。

文学部所属、放課後の図書室でいつも古い本を読んでいる。

噂だと魔術本…とりわけ黒魔術の本を収集しているとか。

人と話すことはほとんどなく、笑った姿を見た者はいないという。 

ある日、廊下で彼女に挨拶をした生徒が、次の日から登校しなくなった─

そんな噂が流れている。

確証などなさそうな話だが、あるクラスメイトが彼女のあるノートを見た、という話から状況は一変した。

「真壁さんのノートには、クラスの名前がびっしり書かれてるんだって。そしてその名前が消された生徒は…翌日から登校しなくなるんだって…」と。


「…あたしもすれ違ったことはあるけど…挨拶はされなかったな。されてたらどうなってたかは…考えたくないな」

「挨拶されただけで消える?ありえないな。私は図書室で見かけたことはあるが、そんな雰囲気じゃない。」

「でも、挨拶はされなかったのでしょう?」

「…そうなるな」

ていは、彼女の静けさの裏に、言葉の重さを感じた。

まるで誰かの運命を記録するような沈黙。


─ふたり目は、小野瀬まり。

野球部のマネージャーで、誰にでも笑顔を見せる女子生徒だ。

完璧な印象の裏で、「数字に執着している」という噂があった。

提出された経費帳を勝手に書き換えるとか、

野球部の成績平均を”調整”しているとか。

極端な話、”彼女の帳簿通りに部員の成績が推移していく”なんて話まであった。


「まるで…”ゲーム”みたいに部員の成績や戦績が変わっていくんだってよ。彼女が提示する練習内容や指示によってな。ありえるか?なんかそういうゲームあったけどさ…現実で起きるのは怖くないか?」

「…私はゲームには詳しくないからわからないが…不気味ではあるな」

「部員たちはどう思っているのでしょうね?」

表情の裏で、彼女は何を数えているのだろう─ていは思う。

笑顔の端が、まるで薄い仮面のように見えた。


─そして、三人目。鷺原しおん。

帰宅部、転校してきてまだ数ヶ月。どこか浮いているようで、

しかし誰よりも人の心の隙間に入り込むのがうまい。

話し上手で、世渡り上手だが、どこか雲をつかむような…

まるで本性を隠している、そんな一面もあった。

噂では、”彼女と仲良くなると、夜に夢の中で彼女と会う”という。

夢の中のしおんは、何かを尋ねてくるらしい。

『あなたは、どっち側?』と。

答えられなかった生徒は、翌朝、泣きながら学校を休むのだとか。


「鷲原さんは…すごくいい人って感じだよな。あたしも話したことあるよ。まだ数か月なのにもうクラスになじんでてさ…話も上手なんだよ。でもそれがなんだか…怖いっつーか…仮面被ってる人と話してるみたいだった。」

「…人は本性を隠す。今こうして話していることも本心とは限らないからな。まあ高塚はありのままで話している…とは思うがな。」

「それ、どういう意味だよ…」

「ふふ…神楽さんと高塚さんは昔から仲がいいですね。羨ましいですわ。」

「黒須さんだって前から私たちと仲良かったじゃないか。確か…1年の時?に出会ったんだっけ?」

「ふふ…ええ、そうですよ?ねぇ?神楽さん?」

「…ああ」


ていは考え事をしながら、かなとゆうなの会話をまるで空気が通るかのように聞き流していた。

3人の女子生徒の噂。その3人のうち、誰かが皆を狂わせている

”彼女”という存在なのだろうか。

しかしどの噂も信憑性のかけらもない。

第一、ていが怪しいとにらんでいた霜月ゆみは”彼女”ではなく味方だった。

ていは、3人の噂を半信半疑のまま胸にしまい込む。

だが、なぜか心のどこかで確信していた。

この学校内に…”彼女”がいる、と─



放課後の図書室は、時計の針の音だけが響いていた。

窓の外では夕陽が傾き、古びた本棚の影を長く伸ばしている。

ていは読書が好きだ。だから図書室にくると不思議と安心感を覚える。

古びた紙と、インクが混ざった独特なにおいに包まれていると

自然と心地よさすら感じるほどだ。

ずらりと並ぶ本棚の中から興味深そうな本を眺めているだけでも

時間が過ぎていってしまうくらい。

しかし、今日はそのために来たのではない。


神楽ていは、机の列の奥にひとり座る少女を見つけた。

長い黒髪、白い指先。黒縁のメガネがじっと本に向き合っている。

彼女がページをめくるたびに空気がわずかに揺れる。

─真壁りか。

彼女は今日も図書室で本を読んでいた。

そして傍らには…一冊のノートがあった。

「やぁ、真壁さん。今日も読書か?」

「ええ、そうです。今集中しているので邪魔しないでくれます?」


ていとりかは面識がある。

ていも読書が好きで、よく図書室に訪れる以上、

ほとんど図書室で過ごす真壁りかとは自然に会っていた。

しかし、”挨拶”はお互いしたことはない。そこまで仲はよくないからだ。

それでもていはりかに自然に、感づかれないように、

”日常”を装って話しかける。しかし内心ではりかの

”魔力の残滓”を感じ取るのに必死だった。

なんとか言葉を紡ぎ、彼女の本質を探る。

「それはすまなかった…しかしそんなに夢中になるとはな。

一体何の本を読んでいるんだ?」

「”世界の在り方について”。神楽さんも興味がありますか?」

「…ないわけではない。しかし世界など…移ろいでゆくものだ。正解などない」


ていがそう切り返すと

本に目を通していたはずのりかの眼が

いつの間にかまっすぐにていを見つめ返してくる。

まるで何かを、見透かされているかのように。

黒縁眼鏡のレンズ越しに見えるりかの眼は

視線を外さず、ていをじっとみつめる。

りかの口が開く。

「そうですか?変わりませんよ。世界の本質と言うのは。

人間が愚かな行為を繰り返すように。

破滅とわかっていても手を出すように。

悪は決して滅びないように。

人智が超えた”なにか”によって突き動かされている。

そうはおもわない?」

「…っ!」


ていはりかの真っ直ぐな眼と

淡々と、まるで腹話術師の人形のようにしゃべる

りかの唇に、いつの間にかたじろいでいた。

額から汗がゆっくりとつたい、落ちていく。

ていは表情を崩さないよう、”日常”に溶け込もうとする。

「…私は…変えられると思う。

いくら人が愚かであろうと、

破滅を繰り返そうと、

正義と正義がぶつかろうと、

人知を超えた”なにか”がいたとしても…

変わろうとするならば、変えられると思う。

無論、いい方にな」


ていがそう言い放つとりかは目を丸くし、

ていから一瞬、目をそらし、くすりと笑った。

「何真面目に答えてるのですか?

私が神楽さんに問いかけたのは

この本に書いてあったことですよ。

ただ神楽さんも読んだのか、確認しただけです」

「あ、ああ…そうなのか?…」


ていは少し照れるようにほほを赤らめる。

自分だけ真面目に、りかを妖しく思い、

”日常”すら”非日常”に感じてしまっただけかもしれない。

現にりかとはていはたまに図書室で意見を交わしあったりもする。

ていは少し緊張がほぐれ、周囲を見渡す。

するとりかのノートが目に入る。

ノートは開いており、中にはびっしりと文字が書かれている。

ていがノートを見ていることにりかが気づくと

りかは、ゆっくりと顔を上げた。

目の奥が、どこか深い闇を湛えている。

「…それあんまりみないほうがいいですよ」

その声は、驚くほど静かだった。


「一体、何がかかれている?」

「…名前ですよ」


ていは思わず目を細める。

りかの眼の奥から、何か、黒い感情のようなものが

吹き出すのが見える。そう錯覚するほど、

りかの眼は暗く、沈んでいる。


「…誰の名前だ?」

「消えてほしい人の、”名前”」

「…っ!!」

りかの言葉が、空気を凍らせた。

冗談ではない。彼女の表情には笑みの欠片もない。

よくノートを見ると見覚えのある名前も書いている。

”月島ほのか”と―

りかはただまっすぐ、ていを見つめている。


「…名前を書いてどうするんだ?」

ていがぎゅっとこぶしを握り締め、言葉にする。

場合によってはしぐれを呼ぶことになるかもしれない…!

そう覚悟を決めて言い放つ。

りかは視線を落とし、ページの一点を指でなぞった。


「…”呪術”…って知ってます?

紙に呪いたい相手の名前を書いて

一文字ずつ”呪”に変えていく…すると相手は…」

「!呪術だと?そんなもの…存在していると思っているのか!?」


ていが思わず声を荒げてしまう。

淡々と”非日常”について語るりか。

その瞬間、図書室の灯がふっと揺れた。

蛍光灯のノイズが耳を刺し、ていは反射的に立ち上がる。

りかはただ、開いていたノートを静かに閉じた。


「神楽さん、”さようなら”」

「…なに…!?」


りかは神楽ていに”挨拶”をすると

すっと立ち上がり、ノートを抱えて本棚の影に消えていった。

残されたのは、冷たい紙の匂いと、りかの言葉だけ。


『真壁りかに”挨拶”をされた人は学校から消える―』


りかの噂話がていの中でこだまする。


─神楽てい。

ていは自分の名前が、今、どこかに書かれたような気がした―



夜の図書室は、昼間とはまるで別の場所のようだった。

机の上のランプがひとつだけ灯り、ページをめくる音と

何かを書き走る音がかすかに響く。


「…いたか。こうもされたのではな。丸わかりだ」

ていは痛む胸を押さえながら、静かに図書室の扉を開く。


ていの体に違和感を覚えたのは、りかと会ってすぐだ。

下校中に感じた胸の痛み。ずきずきと、刺すような。それも急にだ。

「ぐっ…!」

ていは痛みに思わず胸を抑えるが、それをみて一緒に下校していたかなが心配そうな顔をする。ゆうなもまたていの顔を覗き込む。


「おい!大丈夫か!てい!どこか痛いのか?」

「…大丈夫だ、高塚。問題ない」

ていはかなに心配させまいと表情を繕い、笑顔を見せる。

痛みが取れたと”フリ”をする。

もちろん痛みは収まってはいない。


「あら…不安ですわね。きっと何か原因があるのでしょうね。

まさかと思いますけど…真壁さんに”挨拶”をされたわけではありませんよね?」

「なに?じゃあていは…!」

「…そんなわけないだろう。あんなのただの噂話だ。本当なわけがない」

「そう…だよな。ごめんな…あたしが変なこと言ったから、ていに余計な心配させたよな…でも、本当に痛いなら病院行けよ?」

「ああ。ありがとう、高塚。」


ていは痛む胸を押さえながら、かなにお礼を言う。

ていは確信していた。

これは”魔術”によるものだと。

”魔術”の中でもとりわけ厄介な”呪術”

原因もわかりきっている。

真壁りか―!

タイミングが良すぎるのと、わずかだがりかが去っていくとき

りかのノートから”魔力”をていは感じ取っていた。


ていはかなたちと別れ、路地裏に消える。

夕暮れの中、路地裏は暗く、静けさを保っている。

「しぐれ」

「…!」


ていがぽつりと名前を呼ぶと、

風と共に黒いセーラー服が揺れ、

しぐれはすぐに姿を現す。

まるではじめからそこにいたかのように。

「真壁りかの居場所は?」

「…(ふるふる)」

「なに?まだ学校にいるということか?」

「…(こくり)」

「…そうか。なるほど…」


ていはしぐれにりかの後をつけるよう命令をしていたが、

りかは学校からでていない、という。

「…ならば場所は一つしかないか。

私は準備をする。警戒を怠るな」

「…(こくり)」


ていは準備のため、路地裏の奥に消えていく。

しぐれもまた風と共にどこかに去っていった。

路地裏には静けさだけが取り残されていた。



そして夜の学校に再びていが足を踏み入れた。

ていの読み通り、真壁りかは図書室の…

夕刻と同じ席で、同じノートを前にしている。


だが、そのノートの紙面には、赤黒い染みがいくつも散っていた。

乾いたインクではない。何か、生々しいもの。

それはりか自身の血と、インクが混ざったものだ。

”呪術”には触媒が必要だ。

髪の毛、爪、皮膚…りかの場合は”血”

指から滴り落ちる血がインクと混ざり合い、

不気味な赤黒い色を形成している。


がりがり、とりかが必死にノートに何かを書き走る音と、

パラパラ、と本をめくる音だけが、

夜の静かな学校内に響いている。


「わざわざ呪われに来ましたの?悪趣味ですね」


ノートに向かいながら、りかが先ほどと声色を変えず、ていに話しかけてくる。

それがむしろ”狂気”に満ちているようにも見えた。


「ああ。やはり原因は君か。古めかしい…君らしい呪術だ。」


ていの声は、いつになく低く落ち着いていた。


りかはゆっくりと顔を上げ、笑みとも苦悶ともつかない微笑を浮かべた。

「書くことしか、できないんです。

私、不器用ですから…でも…

誰かが苦しむと…私の中の“彼女”が満足するから。」


「“彼女”だと?」

りかはノートを撫でた。紙面の上に浮かび上がるように、赤黒い文字が蠢く。

やがて文字がうねり、集まり、黒い影のような姿となる。


 ──神楽 てい──


黒い影がていの名前をささやく。

その瞬間、ていの胸の奥に冷たい痛みが走った。

空気がねじれ、ていの視界が明滅する。

りかの声が、まるで水の中から響いてくるように歪む。


「神楽さんの”名前”、もうほとんど“書かれている”んですよ」

「うっ…くっ…!なら…!」


ていは奥歯を噛みしめ、胸の痛みに耐えながら、掌に魔術の印を刻む。

ていがぶつぶつと呪文をささやくと淡い光が走り、

ノートを包み込むように結界が張られた。

それを見たりかがノートに手を伸ばすが、

結界に阻まれ、はっと驚いた表情をする。


「…これでもう…新たに”名前を書く”ことはできない…!」

「…神楽さん、あなた、ただの女子生徒じゃないですね」

「…当然だ…!ぐっ…」


りかの瞳が、静かに紅く染まっていく。

狂気と焦燥が混じった、ゆがんだ表情に変わっていく。


「私の邪魔をしないで…!」

黒い影から、赤黒い糸のようなものが溢れ出し、ていの足元に絡みつく。

息を呑む間もなく、冷気がていの全身を駆け抜けた。


「がっ…あっ…!」

「“名前”とは力。

だから、神楽さんのような人間は危険なんです。

私はこの力で…私を傷つけるような人間を

始末すると決めたんです。そう…”彼女”から

仰せつかったんですよ。呪術の本と共に。」


ていは片膝をつき、苦痛に顔をゆがめる。

防護魔術で抵抗しているが、限界がある。

しかしそんな中、ていは口の端を吊り上げた。

「名前とは力…か…ふふ…

その通りだ。”名前”は特別な力を持つ。

”生を受けた星”それに”受け継いだ血”

それらは意味を持ち、力となる。

ゆえに、強力な”魔術”の糧となる」

「…?な、何を…!?」

「真壁りか!そして”隷墨”!私の命を受けろ!」


ていが指先をかざす。

すると空間が震え、淡い光がりかのノートに流れ込んだ。

りかが驚愕の声を上げる。


「!なんで、こいつの名前を…!?」

「“名前”の奪還。あなたの呪術を、”反転”させる。」

「!そ、そんなこと…!あいつを殺して!はやく!!」


黒い影”隷墨”がりかの命を受け、ていを包み込もうとするが

すでに、隷墨はていの”魔術”を受けていた。


「返そう、あなたの”呪い”を」


隷墨はぴたりと動きを止めた後、

ぐおぉぉぉ!とうめきだし、苦しみだす。

光が弾け、隷墨が霧散する。

同時にりかの体が崩れ落ち、床に膝をついた。


「そんな…どうして…」

「人を呪えば、自分も焼かれる。それが魔術の理だ。

使い方を間違えればああなっていたのは君だ。

魔術を扱う者はそれ相応の覚悟が必要だ。」


りかは震える指でノートを抱きしめた。

涙がぽたりと落ちる。りかの瞳の奥の紅が静かに消えていく。

「…私…ただ…守りたかっただけなんです…!

自分を…!みんなが私のことを…後ろ指さすから…!

ただ、普通に”挨拶”がしたかっただけなのに…!

だから“彼女”が、”邪魔なものは消してしまいなさい”って…!」

「…”彼女”か…それは誰だ?」

「…わからない…!声だけだったから…

呪術の本もいつの間にか図書室にあって…」

「…そうか。私は…君のひたむきに読書に打ち込む姿は

尊敬に値する、と思っているよ。胸を張っていい。

もし君のことを悪く言う人がいれば…力になろう

だからもう…呪術になんか頼るな。」

「…!うぅ…ぐす…いいの?私なんかが…!

うぅ…ひっく…」


泣くりかをていはそっと抱きしめる。

ていはいつの間にかきえていた胸の痛みに

ほっと胸をなでおろしながら、

胸にしまっていた”身代わり人形”を握りしめた。

ていは一度学校から去り呪術対策に身代わり人形を用意していたのだ。

事実、これがなかったら黒い影に推し負けていたかもしれない…

そう思うとていは…少しりかを侮っていたかもしれないと思うのだった。

しかし…またも真壁りかは”彼女”ではなかった。

だが着実に…力をつけている。



教室内はいつも通り生徒の話し声などで騒々しい。

真壁りかはそんなノイズだらけの”日常”が苦手だった。

だから自然と挨拶などしなくなっていた。けれど


「おはようございます。」

『お、おはよう、真壁さん…』

『あの真壁さんが挨拶した…!?』


例の件があってから、りかは挨拶をしようと思った。

自分から皆を遠ざけていたから。

自分から歩み寄ろうと思ったから。


『でも挨拶されたらのろわれるって…』

「そんなわけないだろう。おはよう、真壁さん

おすすめの本があったら紹介してくれたまえ。」

「あ、神楽さん。ええ。探しておきます

そうそう、この漫画とかも面白いですよ?」

「漫画か…私は好まないな」

「だと思いました」

『…真壁さんって普通に話すんだ。知らなかった。』

『漫画とかも読むんだね。今度おすすめ聞いてみようかな』


ていと親しげに話すりかの姿を見て、

クラスメイト達もりかに歩み寄ろうとしていた。

りかの”日常”がようやく動き出した―

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