影が痛い

@rawa

1話目 夜の雑談

※本作はシリーズ第4作です。単体でも読めますが、コレクションにある過去作『朝が遠い』『夜が深い』『空が狭い』も読んでいただけると嬉しいです。


✕✕✕


【夜露 無義(よつゆ むぎ)】


この世界には、魔法がある。生物が生きていることに比べれば、その程度の奇跡は宇宙人が存在するくらい当たり前のこと。

この世界には、勇者がいる。少なくとも僕にとっての勇者は存在して、僕の寄りかかる場所でいてくれる。


ある明け方から、とても夢見が悪く…良く?なった僕は、自分が産み出した魔法の中に取り残された人を探す夢を見るようになった。

愛しい勇者様を除き、僕は基本的に他人に興味がない。けれど、この夢に引きずり込まれると誰かを救い出さない限り朝を迎えられないらしい。


失敗してゲームオーバーになることでも出られはするけど、そのペナルティは死にたい気分だ。おくすり飲めたね状態で興味がない人たちへ一日愛想を振り撒き続けるのは地獄ったらない。


魔法使い曰く、魔法とふれあえる期間には限りがある。僕はもう卒業してもおかしくないはずなのに、活用記録を余裕で更新しそうだという。「ビックリだよ。こんなに現実逃避が上手な子はムギちゃんが初めてだ」


本来僕はいち使い魔なのだけれど、そのままでは勇者と肩を並べられないので、魔法使いの薦めで彼の真似事をやっている。

これはそんな見習い勇者の僕が、初めて知らない人を見つけた話。


※※※


【野隈 浅火(のくま あさひ)】


午前2時。

眠れないまま、手を伸ばす。

なんとなく、幼馴染みのムギから連絡がきそうな気がしていた。


《あしゃひ》

うん、大正解。

《あしゃ、あしゃしゃしゃ、あしゃひー》

酔ったうちの親がしゃべるような言葉遣いを文面で送ってくる。

これを打っているあのちんちくりんは、いったいどんな表情をしているのか…いや、多分いつもの陰鬱な無表情だろう。


この変人は、俺にプロポーズ紛いのことをして逃げた後、直接会うことを控えるようになった。

その方が変な噂にならずにすむので別に良いのだが、最近になってやたら頻繁にチャットが来る。秘密基地で会うかと言うと、文字のやり取りだけで良いという。

《彼女さんに悪いでしょ。それに、文字だけなら僕が血迷ったアサヒに襲われることもない。安心なんだ》

……そこを心配するならもう少し手前で踏みとどまってほしいのだが、夜な夜な女子を家から抜け出させるものでもない。

それにムギにとって、家を抜け出す必要がなくなったのは多分良いことなのだ。


《あしゃ、写真》

《前送っただろ》

《定点観測。あ、もう別れたのかい?》

煽りよる。彼女とのツーショットを送信してやった。

《ま、ちんちくりんには遠い世界か》

《んー、アサヒはキープ二番目ってとこかな。男避けになるし、そこそこ嫉妬を生まない程度のカーストも保てるからね。この子からはドキドキできる相手を外に確保している余裕を感じるよ》

《このガキ》

《しゃしゃしゃー》


しかし、らしくなくムギは随分とはしゃいでいる。と言うことは、【とても危険だ】。空元気になりたい何かがあったと言うことだから。


《勇者アサヒ。今日、さ》

特に返信を打たず、次を待つ。ゆっくりと、待つ。

《クラスで、仲間に入れて、って言った。浮気チャレンジだ》

この視野狭窄が、やっと俺以外と交流する気になったか。それはそれで少し寂しい気も…しないな、普通に良いことだ。


おめでとう、のスタンプを送る手が止まる。まだ続きがある。

《聞こえなかったみたいだ。いや、聞こえていたのかな?しょせん、僕が勇気を出してもこんなもんだよね》


俺はただ、《頑張ったな》と返す。

それ以上のやり取りはきっと無駄になってしまう気がして、返信を待たずにスマホを手放した。


✕✕✕


ここまで読んでくださりありがとうございます。

次回はムギ視点に切り替わり、夢世界の話へ進みます。

★やフォローが励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る