第5話:サーバの外と生きると云ふもの②

 門を出てから、数時間が経っていた。

 ボクたちは車に揺られながら、レッドロックサーバの外…ジャンク山が左右に積もった隙間を縫うようにして走っていた。

 サーバの外は仲に比べ閑散としてて、合邪茶けた大地とジャンクの山ばかりが目に映る。

 他に通る人にすれ違う事はない。

 ボクとクロートだけを乗せて、車は変わり映えの無いジャンクまみれの荒野を走っていた。


「広ぉ……!」


 しばらくして見えた景色はとジャンクの量が減ってきて、広々としたものだった。

 辺り一面には、赤茶色の大地が視界いっぱいに広がっている。

 こういうのを、荒野と言うのだろう。

 見渡す限り岩と赤茶色の地面、岩盤。

 たまに黄色ばんだ雑草が力強く生えているが、それ以外は地平線まで殆ど何もない。

 地平線まで見ても何も見当たらないというのは、中々新鮮な感覚だった。

 レッドロックサーバ内では地平線が見えるよりも先に壁が内部を囲っているから、地平線というのは初めて見たのだ。


 広大な大地。湿り気の少なくて少し暑い空気。

 大自然の広がる未開の地というわけではないが、このだだっ広い空間がどこまでも続いていると思うと、胸が高鳴った。


「すごい、どこ見ても岩ばっかり!」

「はしゃぎすぎて車から落ちるなよ」


 ボクは車から身を乗り出して、景色を眺める。

 クロートの車はゴツゴツとした黄色く、サーバで走ってるものよりタイヤが大きくてずんぐりむっくりとしている。

 クロートの愛車で、長年旅を共にしてきた付き合いの長い代物なのだという。

 悪路でもしっかり走ってくれる、頼れる仲間だ。


「他のサーバ、見えないね」

「一番近いサーバでレッドロックサーバから500kmは離れているからな。

 まだここからじゃ見えんだろう」

「そっか」


 レッドロックサーバの半径が大体10kmらしいから、単純計算でその50倍の距離離れている事になる。

 500km、長すぎてイメージがつかない。

 この車でアンノウンに注意しながら進んで、休憩をはさんで大体3日か4日くらいかかるのだ。

 勿論それは最短で向かえばで、実際には小さいトラブルとかがあってもっとかかるのが普通らしい。

 確かにそれじゃあ、態々レッドロックサーバに来る人も少ないか。


 そんな話をしてると、もう日は空高く頭上に上がっていた。

 何時間車で走ったんだろう。クロートの近くの基準はアテにならないな。


「アンノウンがいるな」


 クロートがおもむろに車を止めてそう言う。

 ボクにはアンノウンの姿なんてどこにも見えない。


「いないよ?」

「まだ遠い。1kmは先だろう」


 そんな遠くのものが良く分かったな。

 クロートはテレパシーでも使えるんじゃないかと思いながら、警戒心を強める。


「群れではなさそうだ、逸れの個体だな。

 ……よし、向かうぞ。

 サーバからは遠いが、潰しておくのに越したことはない」


 そんな事を言われて、ボクは息をのんだ。

 逸れ、1体だけとはいえ、あのアンノウンだ。

 クロートは慣れた感じで言ってるけど、ボクはついこのあいだアンノウンに殺されかけたばっかりなのだ。

 その時の恐怖が胸の奥からせりあがってくる。行きたくない。


「お前は見ていればいい、ついてこい」


 クロートがボクの頭をぽんぽんとしてから、車を降りる。

 車の後ろのスペースに詰んでおいたいつもの大砲みたいな銃を装備して、何もない遠く……多分逸れアンノウンがいる所だろう、そっちの方を凝視しながら時折指でヘルメットの耳の部分を擦るようにしている。

 ボクも同じ方向を凝視したが、やっぱり何も見えなかった。


 はやくしろとせっつかれて、意を決してボクも車から降りる。

 ここからは徒歩で近付くらしい。

 車だとエンジン音とかですぐにバレるから、早くに見つけられたら徒歩で向かうのがセオリーだそうだ。


 一見して何もない荒野を、二人で歩いてゆく。

 最初の方は足早で、クロートについていくためにボクは小走りギリギリくらいのペースで歩くことになった。

 そうして数分歩いていると、遠くに小さな動く粒のようなものが見え始めたのに気が付き。それが見えると同時にクロートが一旦ボクを静止して立ち止まった。

 黒い粒を凝視する。

 それはボロボロの布が覆いかぶさっていて、大きさは大体大人の人と同じくらい。

 足場の悪い荒野を歩きづらそうに二本の足で移動していて、それが人の形をしてるのは直ぐに分かった。


「見えるか?」

「うん、人っぽいのが1つ、歩いてる」

「それがアンノウンだ。

 あれは……恐らくウォーカーだろう」

「ウォーカー?」


 曰く、ウォーカーというのは彷徨い歩く者という意味で、目的もなく歩き続ける人型アンノウンの総称らしい。

 自我はなく、凶暴性も薄い。

 体はそれほど硬くなくて、動きも鈍いから、ゾンビとも呼ばれてる。


 とはいえウォーカーの厄介な所は、その数の多さだ。

 群れで侵攻するウォーカーたちは氾濫した川のようになることもあるらしく、その物量で蹂躙されたサーバも少なくはないらしい。

 尤もそれはもっとアンノウンが多い地域での話で、レッドロックサーバ付近でそんな大量のウォーカーは出たことがないらしいが。


「もう少し近づくぞ」


 その言葉にしたがって、クロートと共にウォーカーの姿がはっきり見える所まで近付いていく。

 視界に入らないように近づいて、ボクとクロートが隠れられるような岩の裏を陣取って、そこから覗き込むようにウォーカーの様子を見る。


 ウォーカーの見た目は、中々にショッキングだった。

 人の形をした存在、元々体全体を覆っていた肉……人工皮膚というものだろう。それが所々剥がれてベロンと風で揺れている。

 肉の削げた体からは金属の骨格が露出していて、カタカタと震えながら覚束ない足取りで荒野をさまよっている。

 そこに生気はない。自我を失った、機人種の成れの果てだった。


「……」


 息を呑んだ。

 ボクもアンノウンになったらあんな風になってしまうのかと思うと、背筋が冷えた。

 自分が醜悪なバケモノになるという想像は、嫌悪感を引き立てる。


「お前はここにいろ。」


 そう言いながら、クロートは腰のホルスターから一丁の拳銃とレンチを取り出す。

 拳銃は分かるけどレンチ?

 というか、あのデカい銃は使わないのか。

 使う必要もないという事なのだろうか。


 「アンノウンへの対処法を教える。よく見ておけ」


 クロートはそう言うと、そのまま岩から離れてゆっくりとウォーカーの方に近付いていく。

 足音を立てずに、ゆっくりと。

 背後から近づくそれは、慎重に、緊張感を持って動いてるのがボクでも分かった。


 近づくこと数分。

 50mくらいまで近付いただろうかといった所で、静かにクロートは拳銃を構え、2発弾丸を放った。

 ボクとは少し距離が離れているけれど、その音は荒野の静けさの中で強烈に耳に響き渡った。


 2回拳銃が跳ねる。

 銃の尖端から光が瞬く。

 そしてそれとほぼ同時に、ウォーカーの両足が弾け飛んだ。

 

 何があったのか分からないウォーカーは、地面に倒れながら手で何度も空中をかきわけている。

 敵が攻撃してきた事にも気づいていないんだろう。まるで赤子の駄々のようにして、ウィンウィンとその場に仰向けになって動いていた。


 そこにクロートが近付き、頭を抑え込む。

 そして持っていたレンチを首に差し込み、グイッと捻った。

 ガキンという嫌な音が聞こえ、そのままクロートはウォーカーの頭を引っこ抜く。

 頭を引っこ抜かれたウォーカーは手を何度か痙攣させてから、そしてすぐに動かなくなった。


 その光景は、衝撃的だった。

 流れるような動き、最小限の行動での、ウォーカーの解体。

 目を逸らしたくなるような場面は何度もあったが、それでもボクは言いつけどおり、その一部始終をしっかりと頭に焼きつけた。


 ウォーカーはこの間の犬型のバケモノに比べたら大きくない。

 動きも鈍いし、体も金属板で覆われてる訳ではなかった。

 それでも、あのアンノウンを一瞬にして無力化してしまうクロートの姿は、鮮烈に映っていた。


「もういいぞ」


 クロートの声を聞いて、岩陰から体を出してそっちへ近付く。

 直ぐ近くまでやってくると、ウォーカーの残骸……それとも死骸というべきだろうか。それの様子が、よくわかった。


 人工皮膚で覆われてる筈だった頭や腕には、人工皮膚の欠片がへばり付いている。

 比較的動くことの少ない胸辺りの人工皮膚はくっついたままで、それは人間によく似ている。

 首からは赤黒い液体が溢れて、それが血だまりのようなものを作っている。

 きっと元々は人間によく似た機人種だったのだと思う。

 機人種は人型が基本といっていたから。


 人に近いからこそ、より一層バケモノに”なってしまった”という感覚が湧いた。

 元からバケモノだった訳じゃなくて、暴走してアンノウンになって、バケモノになるというシークエンスを実感できた。

 そしてそれは。ボクにも起こり得る事なんだという事も……はっきりと自覚した。


「この死体、どうするの?」

「解体して持ち帰る。

 日持ちしない有機パーツは保存ボックスがないのでこの場で処理する」


 首と胴が分離したウォーカーの断面からは、一部金属ではない柔らい肉のようなものや管がついていた。

 多分これが、有機パーツというものなのだろう。

 

「金属の塊じゃないんだね」

「お前もそうだろう。そういうことだ」


 言われてみれば、ボクの体は人間そっくりで、肉がついている。

 他の機人種も程度はあってもボクみたいに肉がついてたり、内部にそういう部位があるというのは、当然のことだった。


「解体の方法を教える、見ていろ」


 そう言いながら、クロートは一度動かなくなったウォーカーに手を合わせ、黙り込んだ。

 

「何してるの?」

「俺の儀式みたいなもんだ。

 命を奪った事への謝罪と、ありがたく使わせてもらう感謝を伝える」

「放っておいたら、危ないバケモノなのに?」

「関係ない」


 それから、クロートは解体を始めながら話をしてくれた。

 生きているものを殺すのはいけない事。

 だけど生きていくには殺さなければいけない事。

 

 機人種は体の構成は違うが、クロートは彼らを生命体であると思ってる。

 彼らは人類とは別に産まれた、もう一つの人種。

 そこには命があり、死が存在する。

 だからこそ、アンノウンになっても殺す時ですら彼らへの敬意を忘れてはいけない。

 そう、思っていると。


「……みんなそう思ってるの?」

「さあな、多分違うだろう。

 アンノウンは害獣と割り切ってる奴も多い。

 それどころか、機人種を人種と認めない者も世界には多い。

 だからこれは俺の考えだ。生きる為に、自分が納得できるようにこういう考えに至った」

「納得できるように?」

「あぁ。

 ……殺し殺されの中で生きていて、それにうんざりした結果たどり着いた答えだ」


 きっと戦争の事だろう。

 クロートは戦争の中で何かに悩んで、そして何か切欠があって、軍隊から離れたんだ。

 その時になのか、その後にこういう考えに至ったのかまでは分からない。

 けど、クロートは自分の中のモヤモヤした気持ちを整理して、答えれるような結論まで落とし込んだのだ。


 それは多分、凄い事だ。


「お前は好きに考えていい。

 こういう考えがあるとだけ、知っていけばいい。

 そこから先、長い年月をかけてお前の中の価値観をつくっていけ。


 他人に言われるがままの価値観は、やめておけ」


 それはやけに、重みがある言葉だった。

 きっとクロートの経験からくる言葉なんだろう。


 何があったか、クロートの過去をボクは大雑把にしか知らない。

 昔軍人をしていて、今はそれを辞めて回収屋をしながら各地を旅してるという位。

 彼がどんな環境で育ったのか、どうしてこんな考えに至ったのか、全部知らない。


 それでも彼が、ボクに出来る限りの事を教えようとしているのだけは分かる。

 ボクを縛り付けないように、でもボクがいい方向に進めるようにと、慎重になりながら色々な事を伝えている。

 だから、ボクはクロートの言葉を信じる事ができた。

 彼が真摯にボクと向き合おうとしてる事が、伝わってきたから。


 殺して糧にしたものへの感謝。

 ボクも、それを大事にしよう。



 使えそうなパーツを回収していれば、既に日は暮れていた。


「今日はここで野宿するぞ」


 初めての野宿。何かとってくるものはないかと聞いたけど、別に大丈夫だと言いながらクロートは車に積んであった色んな物を取り出した。

 明かりをともすランプに、二人分の折り畳み椅子。

 ナイフに調理用の携帯まな板、組み立て式のガスコンロ。

 ボクが手を出す必要はまるでなく、見ているだけだった。


「明るい内に食料の処理をするか」

「食料?」

「さっき獲っただろう」


 そう言いながら、クロートが他とは分けていたウォーカーの残骸を指さす。


「いやいや、流石に鉄は食べれない事くらい知ってるよ」


 冗談が下手だなぁクロートは。


「いや、ウォーカーの有機パーツを食う」


 ……まじで?


 話によると、アンノウンの内部の有機パーツは食べれるらしい。

 内臓とか人工筋肉とか人工皮膚とかは切り離して適切な処理を行って食料として使われる。

 大体は加工して、ハムとかベーコンみたいな形にするんだそうだ。


 ボクがこの間クロートに振る舞われたベーコンは、豚の肉じゃなくてアンノウンの肉だったのだ。


 クロートは慣れた手つきでウォーカーから可食部を剥いでいく。

 ぐじゅぐじゅっとした肉が切り離されて、袋に詰められていく。

 

「内臓は美味いが直ぐに痛む。回収屋だけが食えるご馳走だな」


 そんな事を言いながら、太い紐みたいな肉……腸を引きずり出して、中を水で洗浄している。

 もう見るからにグロテスクだった。中に詰まった排泄物から嫌な臭いがする。

 

「これ食べるの……」


 流石にグロテスクすぎて、ボクは鼻をつまみながら顔をしかめた。


「熱処理をしっかりしていれば全部食べられる。

 安心しろ、焼いて塩を振るだけだが美味い」


 味の心配をしてるんじゃないけど。


 ボクが倒した犬のアンノウン……ハウンドというらしい。あれもあの後肉になったのだろうか。

 いつの間にか僕の食卓にも並んでたじゃないかと想像して、うぷっと吐きそうになった。

 というか、アンノウンは人だって食ってしまう場合もあるというんだから、それは人を食ってるのと同じなんじゃないか?

 とは、流石に言及できまい。

 そうだが、なんてさらっと言われた暁にはもう食べる気が起きないだろうから。


 そんな事を考えているうちに、クロートは手際よく可食部を切り分け終えていた。

 一口大になった肉の塊は、それだけみれば何の変哲もない。

 それが今まさにウォーカーから切り出されたものだと知らなければ、十分美味しそうだ。


 というか、ウォーカーって人型なんだけど、それも食うの? と聞きたくなったが、結局食うと言われるだけなのでやめた。

 今日ほど聞きたいことを我慢した日はないかもしれない。


 そのままクロートは切り出した肉に塩をかけ、コンロに火をつけて網を張った。

 塩が馴染んだら、それを網に乗せて焼き始める。

 悔しい事に、じゅううという音と香ばしい肉の焼ける香りはすきっ腹を刺激するには十分な魅力があった。

 クソッ、美味そうになりやがって。

 加工してない肉なんてこっちは食べたことがないんだ、そりゃあもう、輝いて見えたよ。


 そうして焼かれたウォーカーの肉は、これまた悔しい事に美味かった。

 塩漬けとかにしてない分肉の旨みがどんどん出るし、パサついてなくて噛むと肉汁がだくだくと溢れる。

 美味い。美味いんだ。

 畜生、凄く美味い。


「狩った相手を残さず利用する。

 猟師という仕事が減り、回収屋に移り変わっても、それは変わらん」


 昔は、野生動物を狩る猟師という仕事があったらしい。

 野生動物が激減してしまった今はもう、殆ど見かけない。

 代わりに増えたのが、アンノウンを狩る回収屋だった。

 狩る対象が有機物メインから無機物メインのものに変わっただけ。

 だから猟師から回収屋になった人も多かったらしい。


「食うというのは最も原始的な命を扱う行為だ。

 飯を食わなければ、どんな奴も生きられん」

「その飯を与えてくれたから、アンノウンにも感謝をするってこと?」

「そういうことだ」


 アンノウンを狩って、生きる糧にする。

 そこに善悪はなくて、生きるために行う。

 だからこそ感謝をする。

 ゴメンではなく、ありがとうと言う。

 そこには敬意が伴うのだ、と。


「……」


 回収屋は、生と死を扱う仕事。

 生き残る為に、殺す。

 そして、殺した命は、自分の明日からの糧になる。

 

 殺すことを否定せず、胸を張るために感謝を忘れない。

 それは凄く、自分の奥底に響いた気がした。


「はふっ」


 焼き加減のいい肉を食べる。

 さっきまでの忌避感は、もうなかった。

 代わりにほんの少しだけ、感謝と誇らしさが胸に残った。


 生きるという事がどういうのかが、今日一日には詰まっていた。

 チョコレートは……もう少し後に食べよう。

 今日はこの肉の味をかみしめたい。

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