サイキック・ケースワーカーズ 柳谷清司の怪奇録

風月

サイキック・ケースワーカーズ結成譚

序章「終わりの季節」

 卒業を間近に控えた放課後。清司の頬に当たる空気は、まだ冬の気配を残している。


 昼まで降っていた雨で濡れたアスファルトは、午後の日差しを受けても冷たいままだ。


 彼ら四人は駅前通りを歩いていた。


 帰宅するにはまだ時間が早いため、ゲームセンターにでも行こうという話になり、目的地を目指している。


 くだらない話で盛り上がっている友人二人の後ろを歩いていると、ふいに何かが彼の視界の端を縦に切り、雑踏の向こうから、どさっという音が耳に届いた。


 思わず足を止め、音がした方に視線を向ける。


 通りを歩いている人は、誰も立ち止まらない。


 見えたのは、道路を挟んだ反対側のビルの玄関前に横たわる人。


 ここからでは断定できないが、髪の長さから女性だろう。手足があらぬ方向に曲がっているのが見える。


 彼女はその曲がった手足のまま、ほんの数秒で立ち上がると、ビルの横に付いている外階段に向かい、登り始めた。


 まるでコマ送りでもしているかのような速さでビルの屋上へ到着。


 歩道に面したビルの端に立ち、そのままふらりと落下した。


 再び衝突する音と共に、地面に叩きつけられる。


 そしてまた階段を登り始めた。


(……繰り返してるのか)


 胸中で独りごちる。


 普段から、人には見えないものを見続けているその彼でも、このパターンは初めての経験だった。


 ある種の不快感と、人の死の瞬間を見てしまったという恐怖がこみ上げる。

 

 これがもし、誰もいない夜、一人きりなら逃げ出していたかもしれない。


 思わず眉間にシワが寄ったところで、ぽんと肩を叩かれる。


「清司」


 はっと我に返りそちらを見ると、幼馴染の少年が少し困った笑顔でこちらを見ていた。


 ビルの前を、何事もなかったかのように人々が通り過ぎていく。


「……お前、あれ初めて?」

「……ああ、この辺じゃ珍しいだろ。お前は?」

「おれは昨日も落ちてんの見た」

「そっか……見たくなかったな」

「ほんと。マジ勘弁」

「あれ、ずっとやってるのか?」

「昨日もやってたからそうなんじゃねえの?」

「……気分のいいもんじゃねぇな」

「まったくだぜ。あんなもん見たくないし、関わらないに越したことねえよ」

「それな」


 そう言って、清司は未だ階段を登っては屋上からの飛び降りを繰り返す彼女から視線を外した。


「お前、さすがにビビったろ」

「あんなもんビビらねぇほうがおかしいって。お前こそ、ホントは昨日見たときチビったんじゃねぇのか?」

「残念。そこのコンビニでションベンした直後でしたー」


 じゃれるような幼馴染のいじりに対し、やり返してやる。


 と、先に進んでいた二人が、立ち止まった彼らに気づいて戻ってきた。


「なんかあったかー?」

「もしかして清司、またなんか見た?」

「え、マジで⁉オレも見たい!」

「僕も見てみたいね」


 口々にそう言うと二人は清司が見ていた方へと視線を向ける。


 しかし、もとよりそういったものが見えない体質である二人に、あの女性の姿が見えるはずもなく、二人はどこだどこだとキョロキョロしていた。


 清司は再びため息をつくと、幼馴染と二人、手分けしてそれぞれの首根っこを掴み


「くだらねぇ。行くぞ」

「さあ、おとなしくゲーセン行こうなー」


 と、歩き始めた。


 関わらずに済むなら、それが最善に決まっている。


 彼女は誰にも気づかれることなく、永遠に繰り返し続けるのだろう。


 落下音は、いつしか雑踏と街頭スピーカーに紛れて聞こえなくなった。


 しかしあの生々しい音は、しばらく彼の耳から離れることはなかった。


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