明日なき翼に捧ぐ詩(うた)【女神《ルラ》戦記・前日譚第3弾】~氷のように美しく冷淡と評された教導隊隊長が、ひとりの女性として泣き崩れた日

マツモトコウスケ

第1話 教導隊『ルラの牙』作戦指揮室

 アルバ王国の首都リスボア。

 かつて「エウロペオの至宝」とまで称されたこの美しい都市は、今や滅びの危機に瀕していた。

 もう破壊するものなど何も残っていないのに、グラナダ連邦共和国軍は砲撃を緩めようとはしない。

 大砲が着弾する音だけが、ドガーン……ドゴーン……と、人の気配が消えた瓦礫の街にこだましていた。


 大聖堂の地下の墓所。

 白髪に白髭をたくわえたやせぎすの老人の声が、むなしく響いた。


「おい……おおい……

 誰かおらぬか?

 アルバ国王マヌエル13世が呼んでおるのじゃぞ

 誰か、誰か答えよ……」


 遠くから足音がして、老人よりは少し若いが、彼もまた十分に老人と言える男がやってきた。


「……陛下、お呼びでございますか?」


「おお、ロドリゴか……どこかへ行ってしまったかと思うたぞ……」


「申し訳ございません。

 御膳の支度をしておりましたので」


 御膳といっても、もうこの3日間は芋の皮を煮たスープぐらいしかないのだが。

 それでも王はましな方だ。

 ロドリゴと呼ばれたアルバ王宮の侍従長ロドリゴ・ファリアなど、もう丸2日間わずかな水しか口にしていない。


「ルラヴィアの援軍はまだか?」


「おそれながら……

 すでに電信も郵便も途絶えておりますゆえ……」


 王は虚ろな目で笑った。


「来るのじゃ。

 ルラヴィアは必ず来る!

 解放の日じゃ!

 間もなく我らは救われるぞぉ!

 そのときには、憎きグラナダの王をこの手で討ち取ってみせようぞっ!」


 

 ◆ ◆ ◆


 

「『大陸の戦火は拡大の一途をたどり、終息の兆しは見えない。

 特にアルバ王国の状況は厳しい。

 飛空部隊は全滅したものと見られ、制空権は完全にグラナダ連邦のものとなった。

 グラナダ軍の地上部隊は、すでに首都リスボアの包囲を完成したとの情報もある。アルバ王国の死者は、民間人を含め数十万人に及ぶと観測されている。

 事態を重くみたブルボン王国のリュヴィエール大統領は、ブリタニア首相シェルフォードへ公開書簡を送り、事態打開への協力をもとめている』


……だってよ!」


 モウグラ・サンティアゴ飛空下佐が、手に持っていた新聞を放り投げた。

 サンティアゴ飛空下佐は、ルラヴィア空軍最強の飛空教導隊と言われる「ルラの牙」の一員である。

 郷士の三男。身分にそぐわない彼の粗野な言動に、眉をひそめる向きも多い。


「むこうは相当ひどいことになっているようですね」

 

 そう答えたのは、副長をつとめるカラサ・バルメロ・ダロ飛空上佐だ。子爵家の次男である。

 ダロのほうが役職も階級も爵位も上だが、年下のダロに対してサンティアゴは遠慮がない。

 

「アルバ王国軍は壊滅状態らしい。市民にも相当な犠牲が出ているだろう」


「アルバは完全な負け戦だというのに、あの話は本当なのかな?

 この期に及んで、アルバ王国に飛空一個小隊を贈るという、例の噂」


 口を挟んだのはアントン・リナレス飛空長。

 平民だが、その高い技術と誰からも信頼される人柄で、貴族の士官に伍して教官を務めている。


 イリサ・ノルテ・アグニス飛空中尉が応じた。愛くるしい見た目で訓練生にも人気の教官だ。


「もし本当に派遣されたら、間違いなく生きては帰ってこれないでしょうね。

 そんな任務命じられたら、つらいだろうなあ。」


 リナレス飛空長とアグニス飛空中尉が付き合っているのは公然の秘密だ。

 秘密が守られていると思っているのは本人たちだけ。

 ただし貴族と平民。ふたりの恋の行く先に結婚というゴールはない。


「行かされるのは、どうせ平民なんでしょうね」


 リナレス飛空長が口を尖らせていた。

 本来、平民が貴族への批判を口にするのは重罪だが、『ルラの牙』ではとやかくいう者はいない。

 平民には平民の事情があり、鬱屈した思いがあるのだ。 

 

「へへっ! そんなに噛みつくなよアントン。

 平民出でいま一番の出世頭といえば、マルコ・エスピノーザか? 

 アルバ王国派遣隊で一緒になったら、マルコに負けんなよ?」  


 サンティアゴ飛空下佐は冗談を言ったつもりだろうが、リナレス飛空長にとっては、とても笑える話ではない。

 おかしくなった空気を変えようと、イリサが別の話題を持ち出した。

  

「副長! 訓練校の模擬空戦の視察、いかがでしたか? 

 今年の二年次の訓練生に、”もの”になりそうな子はいましたか?」 

 

 ダロは小首をかしげて記憶をさぐるようなしぐさをして、答えた。 

 

「んん、どうでしょうね。

 教官たちと飛んで外から様子を見てきましたが……

 まあ、誰もかれも、みな小粒でしたね。」


「そうなんだ……」


「1年次はどうなんです? 特に、あの”逸材”は?」


「とんでもない空力持ちと評判だった、エステファ・ロゼールですか?

 ……伸び悩んでいますね。たしかに空力は桁外れなんですが、どうにも制御ができない」

 

 やはり大きな空力をもつアントン・リナレスが口をはさんだ。 

 

「ああ、そういう子は珍しくありませんねえ。力が大きすぎると、扱いが難しいから」

 

「教官たちも手を焼いてるそうだ」 

 

 この視察で、ダロに同行していたサンティアゴが横から口をはさむ。 

 

「ちょっと楽しみな1年次は何人かいたぜ。 

 リオモンテス訓練兵長、セルディア訓練兵長、それから、ちょっと粗削りだがレオネル・ヴァイス訓練兵長……

 もしかしたら、今年の1年次は当たり年かもしれん。

 来年の模擬空戦、油断してると、おまえら訓練生から撃墜判定喰らうかもしれないぜ?」

 

「そういえば、サンティアゴ飛空下佐が新任のときでしたかね? 飛空戦査定で、マルコ・エスピノーザ訓練生に撃墜判定を喰らったのは」

 

 サンティアゴが天をあおいだ。

 

「副長ぉ! 古い話を持ち出さないでよぉ。 あんときは油断してたんだって」


「こんな訓示を聞いた覚えもありますよ。

 『言い訳は無用。天は貴様らの愚痴など聞かん!』

 でしたか?

 あれは名言でしたね、サンティアゴ飛空下佐」


 副長に完全に言い負かされて、サンティアゴは両手を挙げて降伏した。


 ◇

 

 教導隊作戦室の扉が勢いよく開いた。

 教導隊「ルラの牙」隊長、エステラ・フエンテスが会議から戻ってきたのだ。

 氷のように美しく冷淡、と評される、最強の女だ。

 部屋の空気が、一瞬で変わった。

 

「遅くなった。 ブリーフィングを始める。 全員、席につけ」

 

 言われるまでもなく、すでに全員が動いている。

 エステラの後に続いて作戦室に入ってきた整備班のゴンサロ・ベラスケスだけが、自分の座る場所を探して、その巨体を揺らしてのんびり歩きまわっていた。

 全員が席についたことを確認して、エステラが語り始めた。

 

「急な話だが、5日後に新設の301特別飛空小隊が訓練にやってくることになった。

 滞在は5日の予定だ」


 その部隊番号を聞いて、隊員たちが少しざわついた。

 実際に疑問を口にしたのは、平民のアントンだった。

 

「301って…… なんで師団番号が「3」平民師団で、0飛空団近衛部隊なんです?」


「まだ極秘だが、アルバ王国へ派遣される部隊、と聞いている」

 

「ああ……大公殿下がつくらせた特別部隊ってことですね。

 やっぱり平民が行かされるんだ」


 リナレスの愚痴を無視して、エステラは話を進めた。

 

「彼らが来るまで、時間がない。

 諸君は、訓練計画の再検討と準備に専念してくれ。

 今回、整備士は帯同しない。機体の運用と整備は我々で行う必要がある。

 具体的な計画は整備班のベラスケス曹長が検討してくれるが、訓練と整備で時間の取り合いになるのは間違いない。


 できれば、機体整備の時間を、座学や作戦検討会、そして休息にあてて、時間を効率よく使いたい」


「つまり我々は徹夜ってことですわ」


 そう言ってベラスケスが豪快に笑うと、彼の巨体を支えている椅子がキーキーと悲鳴を上げた。

 エステラが、全員の顔を見渡してから言った。

 

「諸君らも状況は知っているだろう。

 彼らは、おそらく帰って来ることはない

 だが……だからこそ、最善の準備をして迎え、完璧な訓練を施して送り出してやりたい。

 頼んだぞ!」


「うおうっ!」


 この日から数日、教導隊作戦室の灯りは、消えることがなかった。

 

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