第二章:地の記憶、町のざわめき

その頃、地球は過去からの呼び声に応えるかのように、その記憶の蓋をゆっくりと開き始めていた。

エジプト、サッカラ。

じりじりと肌を焼く灼熱の風が地上から吹き込む。その熱風と、数千年の歴史が堆積したカビと砂の匂いが混じり合う地下墳墓の最深部。ひんやりとした石の壁に触れると、噴き出した汗がわずかに引いた。

「リナ、これを見ろ!」

アデルが興奮した声で叫んだ。隠し部屋に鎮座していたのは、黒曜石を削り出したかのような光を吸み込む漆黒の石棺。その表面にはヒエログリフではない、複雑な幾何学模様がレーザーで刻印されたかのように精密に刻まれていた。

「なんだ、これは……。こんな紋様、どの王朝にも記録がないぞ。まるでオーパーツだ」

「オーパーツなんていう、オカルトじゃないわ」

リナは震える手でカメラを構えながら反論した。

「これは明確な意志と、高度な知性によって設計された『言語』よ。私たちの知らない、全く別の科学体系の……」

彼女の指がシャッターを切った瞬間、ヘッドライトが一瞬明滅した。ただの接触不良だろう。だがリナは、ファインダーの奥で石棺の紋様が一瞬だけ淡く発光したのを見た気がした。まるで生きて呼吸するかのように。

ペルー、ナスカ台地。

「教授、深度40メートル。やはり強い反射反応があります。形状は……完璧な立方体です」

地質学者のカルロス・ヴァルガスは、地中レーダー探査機のモニターから目を離せずにいた。数時間後、掘削機が掘り当てたのは虹色の光沢を放つ、一辺が1メートルほどの完璧な金属の立方体だった。表面には、サッカラで発見された石棺と寸分違わぬ幾何学紋様が刻まれている。

「触るな!」

ヴァルガスの警告は間に合わなかった。好奇心に駆られた作業員の一人がそれに触れようとし、バチッ、という乾いた放電音とともに、静電気のような強い衝撃を受けて弾き飛ばされる。立方体は、まるで眠りを妨げられたことに抗議するかのように、その虹色の光沢を一度だけ強く明滅させた。

日本、長野県 霧ヶ峰高原麓の町工場。

「社長、ちょっと、これ……」

熊久保製作所の古参の職人、石見が熊久保(くまくぼ)明範(あきのり)を呼んだ。工場の拡張工事のために掘削していた地面から、マンモスの牙の化石が出てきたのだ。だが、問題はその牙だった。まるで精密な手術で埋め込まれたかのように、黒い円盤状の物体が収まっていた。

「なんだ、こりゃあ……」

熊久保は、鼻につく機械油の匂いが染み付いた指でそっとそれに触れた。ひんやりと氷のように滑らかで、見た目の質感からは想像もつかないほど軽い。そしてその中央には、エジプトでペルーで発見されたものと全く同じ幾何学模様のシンボルが刻印されていた。

「石見さん、すぐに工事を止めてください。警察と……いや、大学の先生に連絡した方がいいか……」

寡黙で実直な経営者である熊久保は、この奇妙な物体が自分の小さな工場を、そして世界を揺るがす厄介事の始まりであるとはまだ知る由もなかった。彼の背後には、いつも会社経営の重圧という名の『おくり犬』が付きまとっている。だが、今感じている悪寒はそれとは質の違うもっと根源的なものだった。

三つの地点。三つの遺物。

それは、地球の記憶がこじ開けられた音だったのかもしれない。そしてその音は、宇宙でたった一人それに気づいた男の警告によって一つの線で結ばれようとしていた。

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