第6話 試したいこと

 試したいことができた。僕は手袋を外す。


「フィリベール。少しだけ、頭を低くしてくれるかい?」

「このぐらいの位置でよろしいのでしょうか?」

「あぁ。僕にも届いた」


 フィリベールの生え際の髪をつまむ。自分にしてもらった巻き方を思い出しながら、小さな束を作った。


 変だな。僕が考えていたできあがりに似ても似つかない。


 簡単そうにリボンを結んだフィリベールと違い、僕の作った結び目はあっけなく解けてしまう気がした。


「前髪を整えてあげたかったんだが」


 フィリベールは頭の真ん中にできた結び目に手をやった。


「確かに、すぐ解けてしまいそうですね」

「うまくできなくてすまない」

「いいえ。言葉が足りませんでしたね。ソラル様ご自身が、私の髪を整えてくださったことが嬉しいのです。何度か練習すれば上達されますよ」

「本当?」


 優しくしてくれるフィリベールに、少しでも恩を返せたのなら、よかった。


「えぇ」


 フィリベールは頭上のリボンを指差しながら訊いた。


「ソラル様。このリボンは私がいただいてもよいでしょうか?」

「構わないが……そんなにほしいのなら、洗って渡すよ」

「いいえ。このままで構いません。ソラル様の整えられた髪型を、崩したくありませんから」


 昔もよく褒めてくれたけど、今のフィリベールも僕に甘すぎるよ。まだ可愛い弟みたいに見えているの?


 身長はフィリベールより伸びていないから、十年経ってもちょっとだけ見上げる状態だ。弟を悲しませないように機嫌を取ってくれるのは、気恥しさと申し訳なさが混ざり合う。


 馬車が止まり、屋敷に着いたことを知った。


「ソラル様、今宵はお疲れでしょう。しっかりお休みになられてください。明日からは学校がないのですから」


 僕が降りやすいように手を差し伸べてくれるフィリベールを見ていると、いけない考えを持ってしまった。


 もう少し、フィリベールと話していたい。どういう気持ちで王女殿下の代わりに贈り物を選び続けてくれたのか、訊けていないことはたくさんある。


 この手を掴んでしまったら、フィリベールに愛想を尽かされた令息を演じなくてはいけない。あるいは誰とも結ばれないことに嫌気を差したという名目で、別邸にこもって穏やかに過ごす道を選ぶか。

 フィリベールが体を張ってついた嘘を、関係者の僕も最後まで付き合わなければ。


 それでも、また距離が空いてしまうのは寂しい。王女殿下を護衛していたときは、仕事中ということもあって全然僕と話してくれなかったから。


 いや、もう子どものころとは状況が違うんだ。事務的な話は早く済ませるべきだ。弟以上の感情をフィリベールが僕に持っているなんて虫がよすぎる。


「フィリベール。その、求婚のことだが……」


 王女殿下に婚約破棄されたときより、言葉が出てこない。


「ソラル様」


 無駄に待たせてしまった僕に、フィリベールは微笑んだ。


「そのような顔をしないでくださいませ。また近いうちにお伺いしますよ」


 感情が顔に出てしまうとは情けないな。


「分かった。フィリベールもしっかり休んでくれ」

「えぇ。ソラル様のお心のままに」


 眩しい笑顔に、余計な気を遣わせてしまったように感じた。だが、また会えると言ってもらえて安心した。たとえ破談の手紙を形式的に持参するだけだとしても、もう一度話せるのなら嬉しい。


 屋敷に帰ってから婚約破棄を報告する気力はなく、フィリベールとの約束通り早く眠りについたのだった。

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