第6話 結界

王都が見えたのは、それから半日ほど経った頃だった。


道の先、白い城壁が陽光を受けてきらめく。開かれた門から見える青い屋根が連なる光景は、まさに“王都”にふさわしい。


「おお……」


思わず感嘆の声が漏れた。


王都っていうのはもっと灰色の石とか人混みなんかでごちゃごちゃしてるもんだと思ってたけど、ここは違うみたいだ。ここから見える風景だけでも整えられた街並み。壁際のツタには小さな赤い花が咲き、風に乗って甘い香りが漂ってくる。


「ここが──リュミエール王国の心臓、“聖都ユウレギア”だ」


シオンが少し誇らしげに言う。


「……綺麗だな……まるで絵本の世界みたいだ」

「だろう?だが、油断は禁物だ。王都の結界があるとはいえ、最近は魔物の活動も活発になってきているからな」


そう言う彼の隣でガコ、と兜を外したアリシアが俺をちらりと見た。紅の瞳に陽光が差し込み、胸の高さで切り揃えられた金の髪がさらりと流れる。出会って初めて目にするその顔は凛としていて、美しい。


その一瞬、俺は思った。

――こいつ、戦闘中はめちゃくちゃ怖いけど、こうしてるとえげつないほど綺麗だな……。思わずじっと見つめてしまった。


「……何だ?」

「え?あ、いや、えっと……その……」

「まさか、何か文句でも?」

「い、いや……逆。すみません、なんか……めっちゃ綺麗だなと思って」

「はっ!?」


アリシアの頬が、ほんのり朱に染まる。紅の瞳が泳ぎ、視線を逸らした。


「その……き、貴殿の方が美しいと思うのだが……ありがとう……」

「えあ?あ、おお……」


お互いにモジモジしていると、シオンがくすりと笑った。


「アリシア殿にそんなことを言う者、見たことないぞ。そう言われると、まあ確かに整った顔立ちをしているよな」

「や、やめろシオン殿!からかうな!」

「ははは、怒った顔も可愛いぞ?」

「っ!!」


アリシアが剣の柄に手をかけたので、シオンは慌てて黒猫の陰に隠れた。俺はというと、笑いをこらえながらこのパーティ、平和でいいなぁとしみじみ思っていた。


――その時だった。


バチッ。


空気が裂けたような音がした。

王都を覆う何かが一瞬だけ青白く光る。


「?今の、何」

「……結界だ」


アリシアが低く呟いた。

王都の巨大な門の上空に、淡く輝く紋章が浮かび上がっている。それが、まるでノイズが走ったようにちらき始めたのだ。


「な、なにこれ。壊れたテレビみたいになってるけど?」

「テレビとは何だ?」

「あ、いや地球で使う……えーと……話がややこしくなるからごめんスルーして」

「結界が不安定に?……おかしい。王都の防壁に干渉できるほどの魔力など――」


アリシアが「あ」言葉を止め、ゆっくりとこちらを見た。紅の瞳が、俺を凝視している。


「……なぁに、その目は」

「……」

「え、まさか俺のせい?」

「いや、しかし――」


バチンッ!!!


門の上に広がる結界が、突然弾けるように閃光を放った。風が逆巻き、砂埃が舞い上がる。


シオンがとっさに腕で俺をかばい、アリシアが剣を抜く。俺の周囲だけ、淡い光の膜がふわりと広がって――気づけば、結界のノイズが消えていた。


「……安定した?」

「……安定したな」


シオンとアリシアが呟くと同時に、門番の騎士たちが慌てて駆け寄ってきた。


「何が起こった!?今、一瞬結界が落ちかけたぞ!」

「す、すみません!俺の魔力がちょっとその」

「……貴方の魔力が?」

「えっと、要するに……仕様です」


アリシアが額を押さえ、ため息をつく。


「仕様って何だ……。貴殿は本当に何者なんだ」

「うーん……自分でも分かんない」


その時。


門の外から気配を感じて、俺が振り返ると同時に、木の陰からひょいと小柄な影が覗いた。


フードを深くかぶった少女――いや、少女のように見えるが、どこか妖艶さを感じる。

目が合った瞬間、ぞくりと背筋が冷えた。


「……へぇ。これが“あの魔力”の主」


俺を見つめたまま少女が呟く。


「……誰?」

「ふふ、ただの旅の商人ですよぉ?」


その笑顔は、可愛いのにどこか怪しい。

俺が警戒していると、黒猫が小さく「ニャ」と鳴いた。尻尾が一本、ブンッと動く。


――つまり、“要注意”。


アリシアが無言で剣に手をやり、シオンが一歩前に出る。


だが、少女は一切動じない。

むしろ、俺の方をじっと見つめて――にこ、と笑った。


「ふふ……やっぱり、魔王様の直感は正しかったみたい。この世界の中心が動き出した、って」


少女はそれ以上何も言わず、ひらりとマントを翻した。


「また会いましょう、聖女さん」


そう言い残して、森の影へと溶けるように姿を消した。残された俺たちは、ただ茫然と立ち尽くすばかりだ。


「……今の、何者だ?」

「魔力量からして、恐らく魔族だろうな。だが妙だ。敵意は感じなかった……何なんだったんだ?」

「ねえまた聖女って言われたんだけど!俺、なんかヤバい?!」

「……多分やばい」

「否定してくれよ!!」


三人と一匹が、王都の門をくぐろうとする。

その空気の向こう――

どこかで、あの女神の笑い声が、確かに聞こえた気がした。


『ふふ、いいですね〜、ちゃんと新ヒロインも登場しましたし。これで“乙女ゲー3ルート構成”が確定です♡』

「……お前、楽しんでるだろ」

『もちろん♡ 運命の歯車は、もう止まりませんよ〜!』


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