異世界温泉「湯桜」〜どうやら魔の森へ出張したみたいです〜
いヴえる
1 奇妙な建物
「ハッ……っ、ハッ……ハッハッ…………!!」
「リィン!!急ぐっす!!」
「ゼェ……ゼェ……、も、もう限界……」
天を覆うような大木が並び立つ。所々から差し込む陽の光は、冬の澄んだ空気を映し出す。荒々しく駆ける4つの影は色味を失った木の葉を舞いあげた。森に住む鳥や獣たちは喧騒の主たちへ目を向ける。猛烈な勢いで走る冒険者の金属鎧や武器が擦れ合い奏でる甲高い音は、静寂の森によく響いた。
「あの数は無理無理ぃ! なんでこんな所に群れがいるのぉぉぉ!!」
「ミーアがたまには違う道を開拓しようなんて言うからっす!!」
「わぁぁん! だってしょうがないじゃん!! 浅い所だと薬草の類は他の冒険者が取り尽くしてるんだから〜!!」
ミーアと呼ばれた猫獣人の女性は、薄紅色の髪に隠れた獣耳をぺたんと伏せた。
「ハァ……ハァ……、2人とも狼の餌になりたくなければ黙って走れ! ……あとイグサ、リィンの顔がもう限界を超えてる。背負ってやれ!」
「ゼェ……ゼェ……。も、もう……もう走れ……イ、イグサ……」
「だぁ〜!! もうしょうがないっすね!! 今日は厄日っす!!」
今にも倒れそうな小柄な魔導師を、イグサと呼ばれた男がひょいと担ぎ上げる。荷物のように肩に担ぎ上げられた途端、魔導師リィンが口に手を当てえずいた。
「因果応報、準備不足。師匠……申し訳ありません。私の魔導の道もこれまで…………。真理の扉を開けるには至らなかった…………、ウップ吐きそう」
「サラッと何言ってんすか!! 吐いたら許さないっすよ!!?」
「……ぷ」
「何笑ってんすかガイル!! アンタの方が力あるでしょうが!!」
絶体絶命とも言える状況下で何が琴線に触れたのか、先頭を走るガイルがイグサを見て吹き出す。
「まぁまぁイグサ〜! ドンマイドンマイ!」
「張り倒すっすよ!?」
「う、ウップ……、狼の群れが迫ってる。もっとスピードを上げるべき。……あともうちょっと揺れないように走って」
「腐れ魔導師その辺に捨ててくっすよ!?!?」
一行が走り去った後からそれを追いかける漆黒の群れ。ウェアウルフと呼ばれるそれは、軍隊のように隊列を伸ばし刻一刻と目の前の獲物を追い詰める。
通常の狼より知能が高いウェアウルフは魔の森原産の魔獣であり、冬に入る前に獲物を狩り血抜きをし、巣の奥に蓄えるほど頭が良い。
更にはボスを中心とした指揮系統があり、獲物1頭に対しても複数で効率的に狩りをする。
目の前を走る冒険者4人は、冬前の備えを作る彼らにとっては垂涎の獲物であった。
「ガルルァァァァ!!!!!」
「グルッ!! ガルルッ!!」
「なんか目が血走ってない〜!? 全然諦めてくれないんだけど!!!」
「この先に湖畔がある!! そこまで頑張れ!! 着いたらすぐ腰の深さ程の所まで入るぞ! 連中水は嫌うからな!!」
「うにゃ〜、アタシも水は嫌いなんだけどにゃぁ……」
ミーアが玉の汗を流しながらげっそりとした表情で了承すると、天をつくような木々の隙間からすぐにそれは見えてきた。
セクルト湖畔。
セクルト森林に広がる唯一の湖畔地帯。通称魔の森とも呼ばれるこの森は、ジークフリート王国の約30%もの面積を占めており、多くの生態系が大自然の下暮らしている。
そんな中この湖畔地帯は周囲も開けており、水も澄んでいて冒険者の拠点として利用されている。
ガイル達のパーティーも何度も訪れたことがある見慣れたものであった。
その筈だった。
「…………え?」
「なんす……あれ?」
木々の先を抜け広がる湖畔地帯。澄んだ水面に陽の光が反射する水辺に見慣れない建物。
前回訪れた時には明らかに存在しなかった建物の姿に、パーティーのメンバーにも動揺が走る。
「……と、とにかく走れ!! あの建物に入るぞ!!」
「……ウップ。……建物? ここはセクルト湖畔。建物なんてある訳無い」
後ろ向きに背負われている為見えないのか、首を傾げるリィン。だが漆黒の群れは今にもガイル達のパーティーに追いつきそうだ。
「ウォォォォォォォン!!」
「急いでぇぇぇ!!」
「やばいっすやばいっすやばいっす!!」
ミーアの声にハッとしたイグサが慌てて走り出す。急にまた動き出した運び手に、ウエッと小さく嗚咽を漏らしたリィンであったが、その手に握る杖は今にも迫るウェアウルフに向けられた。
「歩みを止めよ、阻め。
瞬間、杖から放たれた魔力が魔法陣を描き大地がせり上る。
急ごしらえで練られた魔力のせいか、せり上った地面は腰の高さほどで止まったものの、勢いよく追いかける狼たちの足を止めるには十分であった。
「「グルァッ!?」」
「でかした!! 壁を超えるぞ! ……ハッ!!」
突然目の前に現れた土壁に勢いを殺された先頭の狼を見やり、ガイルが壁を駆け上がる。
重装甲の部類に入る金属の鎧を着ているにもかかわらず、力任せに壁の頂上に片手をかける。
「ん〜ニャッ!!」
その隣では軽やかに一足飛びで壁を駆け上がったミーアが、しなやかな猫のように着地した。
「ミーア!! パスっす!!」
「計算通り。だけどすぐまた追いつかれ……ぴゃっ!?」
ミーアが壁の上に辿り着いたのを見るやいなや、肩に載せた小さき魔導師を勢いよく投げるイグサ。
小さい悲鳴が上がるのと同時に、自身も壁を駆け上がる。既に壁を登り終えたガイルがイグサに手を貸すと、4人は無事に壁を登り終えた。
「ガウッ!! グルァ!!」
「グルルルルッ……」「ガルァ!」
およそ2.5メルトはある壁は、狼達が飛び越えるには至難であり、逃がした獲物を憎々しげに見上げるしか無かった。
汗だくになったパーティーは荒くなった息を落ち着かせ所在なさげに壁際をうろつく狼達を見下ろす。やがて去っていくのを見届けた後、深い溜息をついた。
「いや〜マジで危なかったっすね〜」
「いやぁ〜ホントに良かった! 一件落着だねっ! てへっ」
「二度とミーアに探索は任せない。強く心に誓う」
「まぁ許可した俺にも責任がある。
ウェアウルフ達が消えていった森林を見ながらガイルはそう言うと、壁の内側へと降りる。それに続き他のパーティーメンバーが地面へと降り立つ。
「ところでここはなんだ?」
「それっすよ。前までこんな所無かったっすよね」
「……池? のようなものがたくさんある。それに建築様式もジークフリート王国のものとは違う。……なんというか不可思議」
「確かに……でも造りは凄い立派。貴族の屋敷でもこんにゃの見ないよ。ここは庭……なのかな? 」
一同が見慣れない建築様式に当たりを見回していると、
「ふぁ〜〜、誰もいないサウナはやっぱいいな〜。さて最後の水風呂キメて、開店しなきゃ…………え?」
建物の扉から腰に布を巻いたほぼ全裸の男が現れた。
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