第四章 第3話 光の残響 ――再生者の選択
――夜が、光っていた。
灰の雨が止んだネモラリアの空は、
黒でも青でもない、どこか“透きとおる闇”だった。
アリュスは廃墟になった祭壇の上で、
自分の掌を見つめていた。
掌の中心が、かすかに光っている。
それは温もりのようであり、同時に――痛みでもあった。
「……これが、“理の残響”か。」
リアナが傍らで静かに頷く。
「無母ムボが消える時に残した波。
あれがあなたの中で反応してるのよ。
“理を継ぐ者”と“無を選ぶ者”――
二つの声が、あなたの中で混ざってる。」
胸の奥で、確かに“二つの鼓動”が鳴っていた。
一つは、淡くあたたかい光。
それは、恐れと優しさを抱いたまま世界を見つめる理。
もう一つは、冷たい静寂。
痛みも、問いも、すべてを凍らせようとする“無”。
アリュスは目を閉じた。
どちらも、自分の中に確かに存在していた。
――問いがあれば苦しむ。
――問いを失えば、消える。
どちらが正しいのか。
もはや、理も師もいない世界で、誰も答えを持っていなかった。
夜明け前。
ことの葉拾いが、焚き火のそばで囁いた。
「ねえ、アリュス。
“問い”って、そんなに大事なの?」
アリュスはしばらく考えてから、静かに言った。
「……問いは、“怖さ”の形だよ。
わからないこと、失うこと、届かないこと――
その全部を、諦めないための手がかりだ。」
少女はうつむいて、指先の灰をいじった。
「でも、問いすぎると、壊れちゃう人もいるよ?」
「うん。だから“答えようとする”ことも大事なんだ。
問いは生きることそのものだけど、
答えようとする瞬間に、人は優しくなれる。」
焚き火の炎が、ふっと揺れた。
闇の中で、光がほんの一瞬、輪のように見えた。
そのとき――声が響いた。
《……アリュス。》
それは外からではなく、彼の中から聞こえた。
リアナが顔を上げる。
「……誰の声?」
アリュスは胸を押さえた。
「……二つの“理”が、話してる。」
光が掌から溢れ出し、闇がそれを包み込む。
その境界で、アリュスの意識が裂けた。
そこは、何もない空間だった。
光と闇が交わる“余白”の世界。
右側に、かつてのアザゼルの姿があった。
左側に、無母ムボの影があった。
アザゼルが言う。
「理は形を与える。
人は問いを抱くことで、世界を紡ぐ。」
ムボが囁く。
「理は痛みを生む。
形は壊れ、問いは争いを呼ぶ。
沈黙の中でこそ、人は本当の安らぎを得る。」
アリュスは二人の間に立ち、目を閉じた。
「……どちらも、間違ってない。
でも、どちらかだけじゃ足りない。」
アザゼルが静かに問う。
「ならば、何を選ぶ?」
アリュスは掌を見た。
光と闇が混ざり、淡い灰色の輝きになっている。
「僕は――“灰の理”を選ぶ。」
ムボが目を細める。
「灰……?」
「燃えた後に残る“跡”。
終わりの証であり、始まりの種。
問いと沈黙の境で、人が生きられる色。」
アザゼルが微笑む。
「それが、お前の理か。」
「うん。僕は、理を完成させない。
理を、永遠に“途中”にしておく。」
光が弾けた。
アリュスの身体が、再び現実へと戻る。
リアナが駆け寄る。
「大丈夫!?」
「うん……。でも、少し不思議なんだ。」
彼の掌に、灰色の紋が浮かんでいた。
それは、光でも闇でもない、柔らかい中間の色。
「“灰の理”……」リアナが囁く。
「ええ。
恐れも、希望も、沈黙も、すべてを抱く“未完成の理”だ。」
アリュスは空を見上げた。
夜が白んでいく。
「完成しないからこそ、世界は動ける。
そして――問いは、終わらない。」
朝の光が差す。
ネモラリアの街では、人々がまた言葉を交わしていた。
「おはよう」「寒いね」「今日の風は、やさしい」
そのどれもが、小さな“灰の理”の萌芽だった。
アリュスは微笑む。
「ねえ、リアナ。」
「なに?」
「“灰”って、世界の余白なんだね。」
「ええ。
余白がある限り、人は書き続けられる。」
風が吹いた。
光と灰が混じり、空の彼方でひとつの言葉が生まれる。
――〈理とは、終わりを恐れぬ生の記録〉
(つづく)
次回・第四章 第4話「灰の理 ――終わりを恐れぬ者たち」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます