第三章 第6話 終焉の継承 ――理のない未来へ
――光が、静かに揺れていた。
夜明けの神殿。
再び息を吹き返した世界の中心で、
アリュスは胸に手を当てていた。
そこには、あの「再定義の杖」が埋め込まれている。
脈を打つたびに、杖が心臓と共鳴する。
血の代わりに、“理”が流れていた。
リアナが寄り添う。
「無理をしないで。まだ“理の種”と完全に同化してない」
「大丈夫だよ」アリュスは微笑んだ。
「不思議なんだ。痛みもあるのに、どこか懐かしい」
そのとき――風が止んだ。
光が形を持ち、アリュスの前に“人影”が現れた。
「……師匠?」
それは確かに、アザゼルだった。
かつての面影を保ったまま、だが輪郭は淡く揺れている。
「お前が……“理を継ぐ者”か」
アリュスは息をのむ。
「師匠の意識……残っていたんだ」
リアナが涙を浮かべる。
「アザゼル……本当にあなたなの?」
アザゼルは微かに笑った。
「私の名も、理も、もう形を持たない。
だが、“問いの記憶”だけは消えなかった。
お前たちが再び恐れを抱き、言葉を紡いだ――
それが、私を呼び戻したのだ」
空が鳴る。
神殿の壁が淡く光り、無数の“文字の流れ”が走った。
理そのものが目覚め、世界を再び書き始めている。
「世界が……再定義されていく」
リアナの声が震える。
アザゼルはゆっくりと首を振った。
「否――これは“再生”ではなく、“継承”だ。
理を壊した私の罪を、今度はお前が“選ぶ”番だ、アリュス。」
アリュスは眉を寄せた。
「選ぶ……?」
「理を再び形にして、秩序を戻すか。
それとも、理を終わらせ、人の手に委ねるか。」
沈黙。
風の中に、かすかな祈りの声が混じっている。
ことの葉拾いが不安そうに言った。
「理がなかったら……人は、どうやって生きるの?」
アリュスは静かに答えた。
「“わからない”まま、生きる。
間違えて、迷って、それでも進む。
理がすべてを決めない世界――それが、“理のない未来”だ。」
アザゼルの瞳が細く光る。
「恐れを抱きながらも、問うことをやめぬか。
……それが、お前の答えか?」
アリュスは頷いた。
「理を継ぐんじゃない。
僕は、理を“土に還す”。
次に芽吹く理は、誰かの中で育てばいい。」
神殿の天井が開き、光が降り注ぐ。
アリュスが両手を広げると、胸の杖が砕けた。
光の粒が風に乗り、世界へと散っていく。
山にも、海にも、人々の胸にも――。
リアナが息を呑む。
「あなた……本当に全部、解き放つのね」
「うん。でも、消えるわけじゃない。
理はもう、特別な誰かのものじゃない。
みんなの問いの中で、生き続ける。」
アザゼルが微笑んだ。
「ならば、私は安心して眠れる。
“理”は滅びではなく、循環であったのだな。」
光が静かにアザゼルの姿を包み込む。
「……師匠」
「最後に教えよう、アリュス。
理は、問いの“結果”ではない。
――恐れを抱いた瞬間、その心こそが理だ。」
言葉が風に溶け、光が散った。
空が澄み渡り、神殿の影が薄れていく。
リアナがそっとアリュスの手を握った。
「……終わったのね」
「ううん」アリュスは首を振る。
「理は終わった。
でも、“生”はこれからだよ。」
風が吹く。
ことの葉拾いの少女が、空を見上げて笑った。
「ねえ、あの光――新しい言葉になるかな?」
「なるさ」アリュスは微笑んだ。
「それが、僕たちの“最初の理”だ。」
空の高みで、光が弧を描いた。
それは、アザゼルの杖が残した最後の軌跡のように、
永遠へと溶けていった。
(第三章・完)
次章予告
第四章 虚無の種子 ――再定義なき世界で
理が土に還り、人々が自らの問いを持ち始めた新しい時代。
言葉は力を失い、願いは形を持たない。
だが、そんな世界の片隅で、再び“恐怖”が芽吹こうとしていた。
それは理の亡霊か、それとも――新たな命の鼓動か。
アリュスは再び旅立つ。
“理なき世界”で、問いを紡ぐ者として。
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