第三章 第3話 鏡の都イルノート ――再定義者の影

 ――風が静まり、地平が輝いていた。


 灰に覆われた荒野を抜けた先、

 そこには「鏡の都」と呼ばれる光の街が広がっていた。

 空を映す塔、足元まで透き通る石畳。

 すべてが映し出すように磨かれ、どこを見ても“自分の姿”が返ってくる。


 リアナが低く呟く。

 「……ここが、イルノート。理の最初の記録が残る場所」

 アリュスは息をのんだ。

 「まるで、世界が自分を見てるみたいだ」

 「この街では、“他者を通してしか己を見られない”。

 だからこそ、真実がいつも二重になる」


 都の入口には、ひときわ大きな鏡が立っていた。

 その表面には、古い言葉で刻まれている。


 > 《理は映し鏡。

 > 問う者は答えを見、

 > 答えを求める者は己を見る。》


 アリュスは手を伸ばし、鏡に触れた。

 冷たい感触――だが、その奥から声が響いた。

 《……また、再定義者の血が来たか。》


 反射面に浮かんだのは、自分に似た少年の姿。

 だがその瞳は、どこか“闇”を宿していた。


 「誰だ……?」

 《私は“影のアリュス”。

 お前が抱く迷い、疑念、恐れ――それが形になったものだ。》


 リアナがすぐに杖を構える。

 「幻影に惑わされるな、アリュス。ここは“心を写す街”よ」

 「でも……これが俺の中の声なら、無視はできない」


 都の中心部には、巨大な広場があり、

 無数の鏡面の柱が円を描くように並んでいた。

 その中央で、黒い衣の集団が祈りを捧げている。


 「彼らは――“再定義者の影”。」

 リアナの声が硬くなる。

 「アザゼルの理を神格化し、“再定義”を宗教にした者たち。

 理を問いではなく“掟”として信じ、他者に押しつけている」


 アリュスは眉を寄せる。

 「……理を信じるのは悪いことじゃない。でも……掟にするのは違う」


 その言葉を聞いた影の司祭が、ゆっくりと振り向いた。

 フードの下、冷たい金の瞳。

 「お前が、“再定義者の再来”か。

 我らはお前を歓迎する――神として。」


 広場の群衆が一斉にひざまずいた。

 「理を問う者、アリュス。

 我らの神殿を継ぎ、世界に再び秩序を与えよ!」


 アリュスは困惑する。

 「僕は神じゃない!」

 「神かどうかなど、どうでもいい。

 世界が求めるのは“答え”だ。お前が問えば、我らは従う」


 リアナが一歩前へ出た。

 「理は従うためのものじゃない!

 師匠――アザゼルはそう教えたはず!」


 司祭は静かに笑う。

 「だからこそ、我らは“師を超える”。

 理を“再定義者”ではなく、“再創造者”のものとするのだ」


 地面が震えた。

 鏡の柱が一斉に光を放ち、空が裂ける。

 無数の鏡面が空中に浮かび、光の円環を描いた。

 そこに映るのは――アザゼルの姿。


 だが、それは冷たく無表情な“模倣”だった。

 《理は心を持たぬ方が純粋だ。

 我は、感情なき再定義者――アザゼル=機構。》


 リアナが顔を青ざめさせた。

 「まさか……師匠の記録が、意志を持ったの?」

 「いや、これは“信仰が生んだ残響”だ。

 信じすぎた理は、いつか“神”に化ける」


 アリュスの胸の中の杖が、熱を帯びる。

 〈問え。理は再び揺らいでいる〉


 「問う!」アリュスは叫んだ。

 「理は人の上にあるのか、それとも――人の中にあるのか!」


 鏡が軋む。

 空に映る偽りのアザゼルが、光を歪めた。

 《理は上位に在り、秩序の源だ。人はただ、従うのみ。》

 「違う!」

 リアナが杖を振り上げる。

 「理は人が“生きるために編む言葉”! 神じゃない!」


 アリュスが続ける。

 「再定義――“理は人の内にあり、他者を映すことで進化する”!」


 鏡が割れ、光の破片が雨のように降る。

 偽りのアザゼルが、最後に微笑んだ。

 《……ならば、お前が“問い”のすべてを背負え。》


 光が収まり、静寂が戻った。

 鏡の都は崩れず、代わりに“透明な風”が街を包んでいる。

 群衆が立ち上がり、誰かが呟いた。

 「……理は、我らの中に……」


 司祭が膝をつき、頭を垂れた。

 「我らは信仰を誤ったのか……」

 「信じること自体は間違いじゃない」アリュスは言った。

 「でも、“問うことをやめる信仰”は、理じゃない」


 リアナが笑う。

 「上出来よ、アリュス。

 あなたは、もう“再定義者”じゃない。

 ――“再照者”。理を照らす者だ」


 アリュスはその言葉を胸に刻んだ。

 鏡の破片が陽の光を受け、

 彼の顔にも淡い輝きを映していた。


(つづく)


次回・第三章 第4話「空白の神殿 ――沈黙の再生」

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