第6話 遺物都市の覚醒
その夜――空が、鳴った。
雲を裂くような重低音が地を伝い、エルデ領の灯が一瞬にして揺らいだ。
窓辺にいたリナが顔を上げる。
「……雷、じゃないですよね?」
「違う。これは、目覚めの音だ」
私は杖を手に取り、塔を降りた。
村の外れ、魔導炉の真下――
地面が青白く脈打っていた。
魔力が循環している。しかも、人為的な流れではない。
まるで、地下に“何かが動いている”ようだった。
「アザゼル様!」
ミレーユが駆け寄ってくる。
「炉の下から共鳴反応が! 測定器が壊れました!」
「壊れたのではない。届かぬだけだ。これは……眠っていた都の鼓動だ」
翌朝。
私と弟子たちは、魔導炉の地下へ降りた。
階段は途中で崩落していたが、岩肌には明らかに“人工の紋”が刻まれている。
壁から漏れる淡い光は、魔力そのものだった。
「まるで……生きてるみたい」
リアナが呟く。
「そうだ。これは“遺物都市”。
千年前、我らが築いた第二の都――魔導の心臓部だ」
「アザゼルさんの時代の……?」
リナが足元を照らしながら言う。
「滅んだって、歴史書には――」
「滅んだわけではない。封じたのだ。
この地の魔導炉も、もともとこの都市の副脈だ。
誰かが意図的に再起動させた」
全員の表情が強張る。
誰が、なぜ――?
私は先頭に立ち、杖の先で岩盤をなぞった。
符でも詠唱でもなく、“記憶”による起動。
封印文字が淡く浮かび上がる。
長い年月の後でも、古代の言葉は応える。
《――起動権限、確認。アザゼル・コード。》
金属の響きとともに、岩盤が静かに開いた。
そこは――空だった。
地下に広がるはずの空間に、天井がない。
見上げれば、青い光が遥か彼方に渦を巻き、星のような灯が浮かんでいる。
都市が、丸ごと封じられた空間そのものに存在していた。
巨大な円環。
宙に浮かぶ街路。
石と金属の街が、光の糸でつながっていた。
弟子たちが言葉を失う中、私はただ静かに息を吐いた。
「懐かしい……。この光景を見るのは、千年ぶりか」
リナが息を呑む。
「これ……全部、アザゼルさんたちが造ったんですか?」
「我ら悪魔は、“神々の失敗”を修正するために生まれた。
人の手で神を再現する実験――その中心が、この都市だった」
「つまり……ここで何かが、神の代わりを?」
「いや。神を模した“契約”だ。
人が神に頼らずに魔法を使うための、根本契約。
それを、誰かが再び起こそうとしている」
私は都市の中央に浮かぶ大塔を見据えた。
そこに、封印の心臓がある。
いや、心臓“だった”ものが。
道を進むうちに、弟子たちは奇妙な感覚に包まれた。
かつての記憶が呼び覚まされるような――懐かしい響き。
リアナがふらりと立ち止まる。
「……この声、知ってる。夢の中で、ずっと……」
「リアナ?」
リナが心配そうに覗き込むが、彼女の瞳は遠くを見ていた。
《――契約者、リアナ・ヴェール。系譜確認。再起動条件、充足。》
無機質な声が響き、地が震える。
大塔の外壁に走る紋章が一斉に光を放つ。
弟子たちが叫び、魔力の奔流に吹き飛ばされそうになる。
私は杖を掲げ、陣を展開した。
風と光がねじれ、渦が生まれる。
「アザゼルさん! 何が起きてるんですか!?」
「“契約”が、継承者を見つけた。
リアナ――お前の血は、この都市の鍵だ」
リアナが目を見開く。
「私の……血?」
「お前の祖先は、この都市の初代守護者だ。
つまり、私のかつての弟子だった」
空気が張り詰めた。
塔の中央から白い光が溢れ、形を成していく。
それは――人の姿だった。
長い髪。透き通る瞳。
だが、皮膚の下には魔力の脈が走っている。
かつての悪魔、いや、私の“分体”の一つ。
「ようやく……目を覚ましたか、アザゼル」
その声は、懐かしくも痛みを伴っていた。
「我らの創った都市を見捨てたお前が、いまさら何を再定義する?」
「見捨てたのではない。封じたのだ。
人が理を誤れば、神にも悪魔にも戻れぬ。
それを避けるための封印だった」
「ならば――また同じ過ちを繰り返すか?
この娘の血が、お前の鍵を開いた。契約は再び始まる」
分体が杖を掲げる。
塔全体が震え、都市の灯が一斉に赤に変わる。
弟子たちが悲鳴を上げ、リナが叫ぶ。
「アザゼルさん!!」
「下がれ!」
私は杖を構え、詠唱を始めた。
かつて封印に使った、古の言葉。
だが、それは完全ではない。
私は真名の一部を失っている――だから、力が欠ける。
分体の杖が、空を裂いた。
光と闇がぶつかり、都市の中心に衝撃が走る。
塔が崩れ、空が砕ける。
だが、その一瞬――リアナが叫んだ。
「もう、争わないで……! 私は、この都市を壊したくない!」
彼女の声が、風を変えた。
赤い光が、わずかに青を帯びる。
魔力の流れが揺らぎ、塔の崩落が止まる。
分体が驚いたように息を飲んだ。
「この声……“共鳴者”か。まさか人間が、契約を上書きするとは」
私は杖を下ろし、リアナに視線を向けた。
「……お前、何をした?」
「わかりません。でも、“理”が悲しんでたんです。だから、少しだけ戻した」
「……理に触れたか。
ならば、まだこの都市は救える」
私は微かに笑った。
だが、分体はゆっくりと後退し、空に消えていった。
その背後に、巨大な影が揺れる。
翼のような、鎖のような――形を持たぬ“何か”。
「アザゼル、次に会うとき――お前を“神”として討つ」
声が闇に溶け、静寂が訪れた。
地上に戻ると、朝焼けが始まっていた。
弟子たちは疲れ果て、地面に座り込む。
リナが静かに問う。
「今の……いったい?」
「千年前の私自身だ。
封印を維持するために分けた、もう一人の“アザゼル”だ」
「……自分と戦うって、どういう気分なんですか?」
「面倒だ。だが必要だ」
私は空を見上げた。
雲の向こうに、塔の光がまだ微かに残っている。
それは、戦いの始まりの印――。
「さあ、弟子ども。
今日からは“遺物都市”の修復だ。
封印を完全に理解しなければ、私も奴も、どちらも消える」
リアナが頷いた。
恐れよりも、決意の色を宿して。
「はい、師匠。……私たちで、再定義しましょう。この世界を」
私は笑う。
“最弱”と呼ばれた者たちが、今は誰よりも強く光っていた。
悪魔の炎ではなく、人の意志として。
(つづく)
次回・第7話「悪魔、バズる。」
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