第4話 悪魔、就職する。
翌朝。
私はギルドの掲示板の前に立っていた。
昨日の騒動が街中に広まったせいか、私を見る冒険者たちの目が変わっている。
畏怖と、好奇と、ほんの少しの憧れ――。
古式魔術という言葉が、久しぶりに人々の口に上っていた。
だが、名声などどうでもよかった。
私は「封印の地」を調べるために資金と地位を得る必要がある。
そのためには、王国の庇護を受けるのが手っ取り早い。
掲示板の木札の中に、一枚だけ異質な依頼があった。
――〈辺境領の魔導補佐募集〉
――条件:魔導理論の心得ある者
――報酬:月二十金貨+住居支給
「おお、これは……」
隣で覗き込んだリナが目を丸くした。
「王国南端のエルデ領です。最近、魔導炉が暴走してて、人手が足りないらしいですよ。
でも誰も行きたがらないんです。魔力嵐が常に吹いてて、命の保証がないって」
「命の保証など、千年前に捨てた」
「出た、名言風のセリフ……!」
私が札を取ると、ギルド受付の書記官は目を輝かせた。
「旧式魔術師殿なら適任でしょう。魔導炉は古代式の構造ですからね。
書面を整えますので、明日の夜明けに出立を」
こうして私は、“就職”という形で再び戦場に立つことになった。
旅の馬車は王都を離れ、三日の道を行く。
舗装された道が途切れると、空気が少しずつ重くなった。
視界の端が揺らぎ、砂が浮かぶ。
これが魔力嵐――魔導炉の暴走による副作用だ。
「アザゼルさん、本当に行くんですか? 普通、命知らずでも避ける場所ですよ」
リナは馬車の揺れに身を任せながら不安そうに言う。
私は外を眺めた。
地平線に黒い塔が立っている。
かつて神々の血を汲んだ国では、こうした“塔”が魔法文明を支えていた。
だが、長い年月で多くが腐食し、今では人の手では修復できぬ。
「この塔は、我の時代に造られた。
ならば、動かせるのも我の系譜だけだ」
「……あの、もしかして、アザゼルさんって本当に伝説の悪魔だったりします?」
「“だったり”ではない。事実だ」
「軽く言いますね!?」
彼女が嘆息する間に、馬車が止まった。
風が鳴り、砂が舞う。
魔力の流れが歪んでいる。
その中心に、小さな村と、ひときわ古い石造りの屋敷が見えた。
エルデ領主館。
出迎えたのは、淡い栗色の髪の少女だった。
十七ほどの年頃。衣服は質素だが、胸元には刻印付きの小さな魔導石が光っている。
「ようこそ。領主代行の娘、ミレーユ・エルデです。
父は病で伏しており、私が代理を務めています」
「ほう。若いが、瞳が曇っておらぬな」
少女は一瞬だけ頬を赤らめ、それを押し隠すように微笑んだ。
「……ありがとうございます。
実は三日前から、魔導炉の暴走が止まらないのです。
町の魔導士たちはみな“チート式制御札”で調整を試みましたが、逆に爆発的な魔力消費が起きて……」
リナが眉をひそめた。
「それって、符を重ねすぎて魔力共鳴を起こしたんじゃ……」
「その通りだ」
私は言葉を引き取った。
「符術は便利だが、理を知らずに重ねれば、音叉のように響き合う。
同調ではなく共鳴――つまり、破滅だ」
ミレーユは息を呑んだ。
「それを……理解している方は、今までいませんでした」
「古式魔術の初歩だ」
私は杖を掲げ、屋敷の奥へ向かう。
地下に続く階段を下りると、肌を刺すような熱と魔力のざわめきがあった。
巨大な水晶球が光を放ち、内部に赤い稲妻が走っている。
「これが魔導炉……。もう制御限界だわ」
リナが顔をしかめた。
「皆、下がれ」
私は床に杖を突き、静かに詠唱を始めた。
古代の言葉が、空気を震わせる。
魔導炉から吹き出す暴風が、逆流するように収まり始めた。
光がゆっくりと淡くなり、赤から青へ変わる。
――沈黙。
「……止まった、の?」
リナが声を漏らす。
ミレーユは震える手で炉に触れ、涙を浮かべた。
「奇跡だ……! 本当に、止まってる……!」
「奇跡ではない。理屈だ」
私は魔導炉を見上げた。
「この炉は、まだ“心臓”を持っている。
符術ではなく、魂で動く。
それを無理に封じれば、悲鳴を上げるのは当然だ」
ミレーユは深く頭を下げた。
「アザゼル様……どうか、この地を導いてください。
あなたが来てくださらなければ、私たちは滅んでいました」
私は少しだけ口元を緩めた。
悪魔に“導き”を頼むとは、皮肉なものだ。
だが、彼女の目はまっすぐで、打算も嘘もなかった。
「よかろう。
この地を見守るとしよう。――ただし報酬は、金貨では足りぬぞ」
「え?」
「我に必要なのは、知だ。
この時代の魔導理論、符術、研究記録――すべて集めてこい。
学び直す。時代遅れを、時代そのものに叩き返すためにな」
ミレーユは驚いた後、笑った。
「……はい。では、今日からあなたを“エルデ領魔導顧問”としてお迎えします。
よろしくお願いいたします、再定義者様」
夜。
屋敷の塔の窓から見下ろすと、村人たちが魔導灯をともしていた。
赤かった光が青に変わり、夜風が穏やかに流れる。
その静けさの中で、リナがぽつりとつぶやいた。
「……アザゼルさん、本当は悪魔っていうより、先生みたいですよ」
「悪魔とは、教える者のことだ。
かつて神が知らぬ理を教えた罰として、我らは堕とされた」
「それって……皮肉ですね」
「だが、面白い」
私は夜空を見上げた。
星の並びは、千年前と変わらない。
だが、下に広がる灯は違う。
人間たちは進化した。
だが、理解は置き去りだ。
ならば――もう一度、世界を“再定義”してやろう。
微かに笑ったその瞬間、
遠くの空で、白い閃光が走った。
まるで別の塔が呼応するように。
何かが、この動きを察している。
(つづく)
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