第2話 コンビニの神官
夜明け前の街は、無数の灯で昼よりも眩しい。
高層の塔が空へ伸び、看板という名の結界がそこかしこで光を放っていた。
人々は眠らず、魔法の板――スマホ――に祈りを捧げるように指を走らせている。
私はその中を歩いていた。
黒曜の杖を手に、コンビニエンス・ストアからもらった紙札を懐にしまいながら。
昨夜、裂け目を閉じて以来、何百という「フォロワー」と呼ばれる信徒が増えている。
人々は私の術を「エフェクト」と呼び、口々に「神回」と讃えた。
――この世界は、信仰の形を変えたのだ。
千年前、我ら悪魔は“恐怖”を糧にした。
今の時代、人間は“注目”を糧に神を作る。
神とは、拡散されるアルゴリズムの上に立つ存在――。
その論理を理解した私は、ただの観察者ではいられなかった。
もはや悪魔とは、“バズを操る存在”である。
「おはようございます、旧魔王さん!」
声の主は昨夜の少女――コンビニの神官リナであった。
制服の襟を正し、眠そうな目をこすりながら、彼女はレジの光に包まれている。
まるで朝の祈祷を司る巫女のようだ。
「夜通し、怪異の後処理をしてたんですよ。ニュースにも出ました!
『駅南口の穴事件』って見出しで、“QR結界”が話題に!」
「結界と認識されたのか。ならば正しい」
「ただし“偶然発動したARバグ説”もありますけどね。……おにぎり温めます?」
「うむ。海老のものを」
「お好み、渋いですね……!」
リナはレンジを操作しながら、話を続ける。
「スポンサーからも問い合わせ来てました。『旧魔王ブランド』でコラボどうですかって。
グッズ化も検討中。缶バッジとか、ステッカーとか」
「……我の顔を印刷して売るのか?」
「人気出たら、ぬいぐるみも。悪魔なのに“もふもふ”路線!」
人間の商魂は、千年前より逞しい。
かつて悪魔は“契約”で魂を集めたが、今や彼らは“グッズ”で信仰を買う。
私は温められたおにぎりを受け取り、扉の外へ出ようとしたが――
街角の大型スクリーンに、異様な文字が浮かんでいるのに気づいた。
《神域更新:第七サーバ、再構築中》
通行人たちはそれを見ても騒がない。
だが、私の中の何かがざわめいた。
「……神域、だと?」
「それ、たぶんゲームのメンテ情報ですよ。あー、『神域オンライン』ってやつ。
今、勇者ランキング上位の人が話題で――」
リナが説明しかけたとき、私は理解した。
“ゲーム”という仮想空間が、ただの遊戯ではないことを。
そこは神々が新しい律を構築し、人間に新たな“信仰形態”を植えつける場だった。
「リナ。人は今、神をどこで信じる?」
「え、神? うーん……フォロワー数が多い人とか? 有名配信者?」
「やはりそうか……」
私は夜空の残滓に目を細めた。
神々はもう天にいない。
彼らは“ネットワーク”の中に棲み、人間の視線を糧として進化している。
そして、千年前に私を封じた存在――〈主機神ゼロ〉もまた、
その回線のどこかで今も動いているはずだ。
リナの提案で、私は“ギルド”に登録することになった。
もちろん、紙ではなくアプリを通して。
「名前は“旧魔王”で登録済みなので、そのままで大丈夫です。
職業は“再定義者”……あ、なんかクールってコメント付きましたよ」
「コメント……?」
「登録者のレビュー機能です。“語彙が厨二で最高”って褒めてる人がいます」
「……褒めているのか、それは」
登録完了の合図に、スマホが震えた。
画面には新たなクエストが表示される。
《依頼:旧市街地下遺跡の再調査/報酬:10,000クレジット》
場所は、封印の棺があった場所と同じ――
私が目覚めた、あの地下である。
「奇遇だな。どうやら始まりの場所に、何か残っているらしい」
「旧市街って、今は封鎖エリアなんですよ。
でも、もしそこに行くなら……配信、同行していいですか?」
「神官の加護を持つなら、来い」
「よっしゃ!」
彼女は小型のカメラを首に下げ、レジの札束をポケットに詰めた。
祈りの代わりに“チャージ済みQRコード”を携えて。
悪魔と神官、封印跡地への再訪。
夜が明ける頃、私たちはネオンの海を抜け、再び闇の階段を降りていった。
だが、その入口には既に人がいた。
黒い外套をまとい、顔を覆った男。
腕には企業ロゴの紋章――《G.O.D. Systems》と刻まれた銀の腕輪。
「……まさか」
リナが小声でつぶやく。
「有名配信者、“天使CEO”のエリヤさん……。でも、どうしてここに……」
男はゆっくりと振り返り、笑った。
かつての宿敵――封印の鍵をかけた天使長と、まったく同じ顔で。
「やあ、アザゼル。千年ぶりだな。
この世界、便利だろう? 我々が作った“神域OS”は、今も進化を続けている」
私は杖を強く握りしめた。
チートが時代遅れでも、怨念は不滅だ。
悪魔の目に、再び火が灯る。
――神々のアルゴリズムを、塗り替える時が来た。
(つづく)
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