一話完結怪談
むろむ.
第1話 消えるトイレ
「ねぇ知ってる?
このビルのあるフロアには、『消えるトイレ』が『出る』んだよ。」
トイレで手を洗っていると、知らない女性に話しかけられた。
「消えるトイレ……ですか?」
女性は、うふふ、と笑って続けた。
正社員だろうか?
私より年上に見える黒いスーツの女性だ。
美人で仕事ができそうに見える。
いつも怒られてばかりの派遣の自分とは、大違いだ。
「いつもは無い場所にトイレがあったら、入っちゃいけないの。
入ったら最後、トイレごと消えちゃうんだから。」
「はあ、怖いですね。
昔からある話ですか?」
怪談は苦手だが、穏便に済ませたい。
私は話を合わせながら帰るタイミングをうかがう。
「うん、十年は前からあるよ。」
「このビル十年ぐらい前に建ちましたよね?」
学生時代、建設中のビルの前を通ったから間違いない。
「そう。
ここねぇ、昔は神隠しで有名な場所だったんだよ。
ずっと立ち入り禁止の空き地だったのに、戦後に開発されたの。」
「ああ、たまに聞きますね。
新興住宅地が、元は禁足地とか……」
私自身は怪談は苦手だが、学生時代の友人がこの手の話が好きな為、少しは知識がある。
「うんうん、神隠しもね、時代や環境で形を変えるんだ。
それが、ここでは『消えるトイレ』ってわけ。
……ところで、あなたこのフロアでは見かけた事が無いけど……」
女性は、私の顔をジッと見た。
「あ、最近一つ下のフロアに入ったんです。
いつものトイレが故障中で、ここに……。
エレベーター降りたらすぐだったから、助かっちゃいました。」
ギリギリまで我慢していたから、大ピンチだったのだ。
トイレって階が違っても同じような場所にあると思ってたのに、意外と近くて助かった。
女性は笑みを深くした。
美人の謎めいた笑顔は迫力があるな、と私は呑気に考えた。
「ふうん……、そっかぁ……
それで、気づかなかったんだねぇ……」
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