第8話 二つの証言・1

【インタビュー記録01:斎藤由美(仮名・34歳)】

撮影場所: 対象者の自宅リビング(港区K町)

日時: 2025年6月10日 15:00

(※リビングには、子供用の小さな椅子や、壁に貼られたままの絵が残されている。斎藤氏は、憔悴しきった表情でソファに座り、か細い声で語り始めた。)


水野: 「本日は、お辛い中ありがとうございます。由美さんが、愛菜ちゃんを最後に見た時の状況を、改めて教えていただけますか」


斎藤: 「はい……。あの日、愛菜は……娘は、保育園の帰りに、どうしても公園に寄りたいって……。いつもは通らない、あの……暗闇坂を通って、公園に向かっていたんです」 (※声、震えている)

「夕方の5時前だったと思います。日はまだ高かったんですけど、あの坂は……両側から木が覆いかぶさっていて、昼間でも薄暗くて……。娘と手を繋いで、坂を登っていました」


水野: 「その時に、例の女性を目撃されたのですね」


斎藤: 「はい……。坂の中腹あたりです。道の向かい側に、すっと、女の人が立っていました。本当に、いつからそこにいたのか分からない感じで……。まるで、夕方の靄から滲み出てきたみたいに。黒くて長い髪で、顔はよく見えなかったんですけど、異様なほど背が高くて、細い人でした。白い、ワンピースのようなものを着ていて……」


水野: 「その女性が、何かを?」


斎藤: 「じっと……。うちの娘を……愛菜だけを見ていたんです」 (※斎藤氏、深く息を吸い込む)

「違うんです。あれは、『見る』っていうのとは……違うんです。なんて言えばいいのか……昆虫採集家が、珍しい蝶を見るような……あるいは、八百屋さんが、野菜の出来を確かめるような……」


水野: 「……品定めするような、視線、ですか」


斎藤: 「!……そうです! それです! まるで、娘の価値を……値踏みするような……すごく、冷たくて、嫌な視線でした。隣に私がいるのに、全く意に介していない。その目には、愛菜しか映っていないのが、痛いほど分かりました」

「それで、その女が……ふらーっと、道路を横切って、こっちに来ようとしたんです。車の通りも少ない道で……。あまりに怖くて、私は、思わず娘を強く抱きしめて……目を、つぶってしまったんです」


水野: 「……」


斎藤: 「でも、何も起こらなくて……。恐る恐る目を開けたら、もう誰もいませんでした。車が通り過ぎる音も、走り去る足音も、何も聞こえなかったのに。本当に、煙みたいに……消えてしまったんです。そして、その数週間後、愛菜は……あの日と同じ坂道で……」


(※対象者、嗚咽のため、インタビューを一時中断)




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