第2話 竜、スープに落ちる

 それは、草原の向こう――黒煙の上がる森の中だった。


「……火事、か?」


 焦げた匂いが鼻を突く。

 俺は慌てて走り出した。元・ファミレスの厨房バイト。火の扱いには敏感だ。

 だが、近づくにつれ、その煙が“普通の火事”じゃないとわかってきた。

 熱気が肌を刺す。風が、うなっている。

 ……そして、地面が揺れた。


 ドオオオオオォンッッ!!


 木々が薙ぎ倒され、炎の奥から、巨大な影が姿を現した。

 赤黒い鱗、金の瞳、鋭い爪。翼を広げれば十メートルはあるだろう。

 ――竜。

 異世界チート作品のお約束、第二の洗礼だ。


「……おいおい、ちょっと早すぎない? 俺、まだ包丁しか持ってないんだけど……!」


 思わずツッコんだ瞬間、竜がこちらを睨んだ。

 眼光が突き刺さる。

 でも、なぜか――その目には、怒りより“飢え”の色があった。


『……人間。食い物を……くれ……』


 低い声が頭の中に響く。テレパシー? いや、これが“味覚言語”スキルか!?


「え、食い物って……お前、しゃべれんの?」

『久方ぶりの……匂いだ……。甘い……優しい……匂い……。あのスープを……もう一度……』


 竜の声は震えていた。

 よく見ると、その翼はボロボロで、腹は痩せ細っている。

 どうやら、戦争で人に追われ、森に隠れたまま飢えていたらしい。


「……なるほど。なら、食わせてやるよ」


 俺は荷物を広げ、鍋を取り出した。

 さっきのハングベリーの残りを刻み、草の根を加え、近くの湧き水を鍋に注ぐ。

 火打ち石を叩くと、〈料理〉スキルが自動で反応した。

 青い炎が鍋の底に宿り、湯気がふわりと立ちのぼる。


 ――と、竜がその匂いに耐えきれず、身を乗り出した。


「待て、まだだ。ちゃんと煮込まないと」

『我はもう……耐えられぬ……』


 竜の腹がぐううと鳴った。地面が震えるほどの音だ。

 ……かわいい。いや、怖いけど。


「ほら、もう少しでできるから。焦がしたらもったいないだろ?」


 竜は唸りながらも、おとなしく鼻を近づけてきた。

 やがて、鍋から黄金色のスープができあがる。

 その香りは、さっきとは比べものにならないほど深い。

 甘く、香ばしく、そしてどこか懐かしい――。


「できたよ。熱いから気をつけて」


 俺は木の匙でスープをすくい、竜の口元に差し出した。

 巨体がそっと舌を伸ばし、一口、すする。


 次の瞬間、森全体が静まり返った。


『………………。』


 竜の瞳が、震えている。

 その頬を、巨大な涙が伝い落ちた。


『……この味……我の妻が……昔、作ってくれた味だ……。人間の国に滅ぼされる前……最後に食べた……“家の味”……』


「……そうか。そっか」


 俺はただ、頷いた。

 この世界では、料理が“記憶”を再現する。

 だから、竜は妻の味を思い出したんだ。

 食の力って、すげぇな。


 竜はしばらく泣いたあと、深く頭を下げた。

 ――竜が、人に頭を下げるなんて。


『人の子よ。名を教えてくれ』

「ユウタ。ユウタ・クジョウだ」

『ユウタよ。汝の料理、我が血に刻もう』


 光が舞い上がり、ウィンドウが出た。


【称号:竜をも満たす者 を獲得しました】

【スキル進化:料理 Lv.MAX → 神饌調理】

【特殊効果:食べた者に“絆”を付与する】


「えっ、絆? つまり、食べた相手と心を通わせる……?」


 竜は満足げにうなずいた。

『汝の作る料理には、魔力を“結び”に変える力がある。古の神々が使った“宴の魔法”だ。』


「宴の魔法……?」


『そう。戦を止め、国を繋ぐ力。――我はそれを知っている。』


 竜の言葉は静かで、どこか寂しげだった。

 千年前、この世界では“料理”が魔法の一種として扱われていたらしい。

 だが、いつしか人はその力を失い、ただの娯楽として忘れ去った。


「つまり、俺のスキルは“失われた魔法”ってことか……」


『その通りだ。汝の料理が再び広まれば、この世界の争いは――』


 竜が言いかけたその瞬間、空を裂くような轟音が響いた。

 遠くの山の上に、黒い旗がはためいている。

 騎士たちの軍勢がこちらへ迫ってきていた。


「まさか、竜討伐隊……!」


『我を討ちに来たのだ。人間は竜を“災厄”と呼ぶ。……ユウタ、逃げよ。』


「嫌だね。食い逃げは嫌いなんだ」


 俺は鍋を掴み、もう一度スープをすくった。

 そして、手早くパン生地をこね、焚き火で焼き上げる。

 湯気を上げるパンをちぎり、スープに浸す。

 立ちのぼる香りが、戦場に吹く風をやわらげた。


「“食う”だけが生きることじゃない。食わせて、笑わせて、分け合う――それが料理人の戦い方だろ?」


 竜の金色の瞳が、ゆっくりと見開かれた。

 そして――


『面白い。ならば、我が翼で汝を守ろう。』


 竜が咆哮する。

 炎の柱が空を裂き、迫る兵士たちの矢を焼き尽くす。

 風圧で森がなびき、炎が竜の鱗を照らす。

 その中心で、俺は鍋をかき混ぜ続けた。


「さぁ、世界よ。腹、減ってるだろ?」


 ――その一杯が、戦争の始まりを止める“最初の料理”になった。


🌿次回予告


第3話「王の晩餐と毒入りのワイン」

竜との共闘で王都に招かれたユウタ。

だが、王の食卓には“毒”が仕込まれていた――。

「味を見れば、嘘はわかる」

料理チートの真価が、ここで試される!

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