第3話

【To: 秘書 高遠 / From: 伊集院 暁】

【件名:最重要指示】

 高遠。

 以下の事項を、本日中に完了させろ。例外は認めん。

 1. 人物調査:

 * 添付ファイル参照。対象は「小鳥遊 紬(たかなし つむぎ)」。19歳。

 * 彼女の血縁、生い立ち、学歴、健康状態、趣味嗜好に至るまで、全てを洗い出せ。特に、彼女を引き取っていた親戚一家の資産状況と周辺調査を徹底的に。彼女を不当に扱っていた証拠を、物的・人的問わず全て集めろ。法的措置を準備する。

 2. 環境整備:

 * 俺の私邸の東棟。現在使用していないあのウィングを、彼女の居住スペースとして改装する。

 * 内装は白とウッドを基調に。カーテンは陽光を通すリネン。ベッドは天蓋付き、シーツは最高級のエジプト綿。クローゼットには、彼女のサイズに合わせた日常着からドレスまで、全ての季節に対応できる服を揃えろ。デザイナーはエマ・ヴァレンティを指名する。彼女の純粋さを引き立てるデザインを選べ。

 * 食事は専属の栄養士とシェフを付け、彼女の健康状態に合わせたメニューを組ませろ。甘いものが好きかもしれん。世界中から最高級の菓子を取り寄せ、常にストックしておくように。

 3. セキュリティ:

 * 東棟のセキュリティレベルを最大に引き上げろ。俺の許可なく、蟻一匹近づけるな。

 * 特に、先の親戚一家が彼女に接触しようとした場合、即座に身柄を拘束し、俺に報告しろ。

 以上。

 何か質問は。

 ◇

【To: 伊集院 暁 / From: 秘書 高遠】

【件名:Re: 最重要指示】

 暁社長。

 全ての指示、拝命いたしました。本日18:00までに、全ての準備を完了させます。

 一点、確認よろしいでしょうか。

 小鳥遊紬様は、一体どのような方なのでしょうか。これほどの厚遇は前代未聞です。今後の我々の対応の参考までに、お聞かせ願えればと。

 ◇

【To: 秘書 高遠 / From: 伊集院 暁】

【件名:Re: Re: 最重要指示】

 高遠。

 彼女は、俺の宝だ。

 そして、IJUINの未来そのものだ。

 それ以上の質問は不要だ。ただ、俺の指示を完璧に遂行しろ。

 もし彼女の髪一本でも損なうようなことがあれば、お前でも許さん。

 ◇

【紬 視点】

 伊集院暁の屋敷に連れてこられてから、三日が経った。

 私は、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのような、広すぎる部屋のベッドの上で目を覚ます。

 ふわふわの羽毛布団。

 窓から差し込む柔らかな朝日。

 小鳥のさえずり。

 全てが、昨日までの私の人生とはかけ離れていた。

 毎日、時間になるとメイドさんがやってきて、美味しい食事と、まるで新品のような綺麗な服を用意してくれる。

 誰も私を罵倒しない。

 誰も私に指図しない。

 ただ、微笑んで「何かご入用なものはございませんか」と尋ねるだけ。

 居心地が悪くて、私はいつも「大丈夫です」と首を横に振ることしかできなかった。

 あの日の夜、私をここに連れてきた暁さんは、一度も姿を見せない。

 本当に、どうしてしまったのだろう。

 あれは、気まぐれだったのだろうか。

 それとも、何か大きな勘違いを…。

 そんな考えが頭をよぎるたび、胸がちくりと痛んだ。

 あの夜、私を抱き上げた彼の腕の力強さと、「探していた」という熱の籠もった声が、耳から離れない。

 コンコン、とドアがノックされる。

「紬様、暁様がお呼びです。書斎でお待ちでいらっしゃいます」

 心臓が、大きく跳ねた。

 ついに、このおかしな夢の終わりが来るのかもしれない。

 私は、メイドさんに促されるまま、重い足取りで書斎へと向かった。

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