犯人はお前だ
その夜、渚はひっそりとギルバートを呼び出した。
執事は困惑した様子だったが、渚の静かな言葉にうなずく。
翌日。倫太郎とギルバートが牢獄に向かう。
先に王城の広間に立ったのは、渚ただ一人だった。
王城の広間。
勇者パーティと関係者たちが集められ、渚はゆっくりと歩み出た。
「この事件――王城から大量の金貨が消えた横領について、私は結論に至りました」
場がざわめく。
勇者は苛立ったように腕を組み、仲間たちは鼻で笑った。
「ふん、俺たちを疑う気か? 昨日、兵士を捕まえた時点で決着はついてるだろうが」
渚は首を横に振った。
「いいえ。あの兵は無実です。むしろ真実を知っていたがゆえに口を封じられたのです」
一瞬、勇者の眉がわずかに動いた。
渚は真っ直ぐに視線を向け、静かに告げる。
「――犯人は、あなたたちです。勇者パーティ」
「なっ……!?」
広間に驚愕の声が走る。
「金貨は外部の者が持ち出せるものではありません。可能なのは、王城に自由に出入りできる者だけ。そして――あなたたちの証言と、他の兵たちの証言は、決定的に食い違っていました」
机に並べられた帳簿と証拠品。
「褒美が予定より不足していた事実。そして代わりに渡された“変化の杖”。――あなたたちが消えた金貨を享受し、その痕跡を隠すために利用した証拠です」
勇者が椅子を蹴って立ち上がる。
「ふざけるな! 俺たちを罪人呼ばわりとは!」
渚は怯まず、さらに声を重ねた。
「あなたたちの言葉は、心の糸さえ乱している。真実を糊塗しようとする者の糸です」
その瞬間、背後の扉が開いた。
倫太郎、ギルバート、そして縛りを解かれた兵士が現れる。
「お、お前……!」
勇者の顔色が変わる。
倫太郎は緊張で汗をかきながらも、渚の言葉を信じて立ち会う。
ギルバートは顔を硬くして見守る。
広間に緊張が走る中、渚は一歩前へ出て言葉を紡いだ。
「この事件の鍵は――変化の杖です」
場がざわつく。
ギルバートも眉をひそめ、勇者パーティの面々は顔を見合わせた。
「金貨が消えた夜、金庫番の姿を見たという証言が複数ありました。
ですが、その人物は本物ではなかったのです」
渚の視線が鋭く勇者を射抜く。
「勇者パーティの誰かが、杖で金庫番に化け、自由に金庫を開けた。
さらに仲間同士で互いに“自分に化ける”ことで、アリバイを偽装した」
倫太郎は慌ててメモを取りながら、思わず息を呑んだ。
(そ、それだ! だから兵士の証言と勇者たちの話が噛み合わなかったんだ!)
「つまり――勇者パーティこそが、金貨横領の犯人だったのです」
「な、なにを――!」
勇者が椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
「証拠はあるのか!? 言いがかりだ!」
「俺たちを罪人呼ばわりして、ただで済むと思うな!」
仲間たちも口々に叫ぶが、渚は一歩も退かない。
「証拠はすでに揃っています」
机に置かれたのは――杖の使用痕跡を示す魔術師団の記録、そして冤罪を着せられた兵士の証言。
「本物の金庫番はあの夜、別の場所にいた。にもかかわらず“見た”と主張する者がいる。――それこそが杖を使った偽装の証明です」
勇者の顔から血の気が引き、仲間たちは言葉を失った。
兵士は震える声で叫んだ。
「俺は見た……! 勇者様が――金貨を……!」
勇者の顔が歪み、周囲に凄まじい殺気が走った。
(……やばい! 逆上する!)
倫太郎が思わず後ずさる。
渚は一歩進み出て、毅然と告げた。
「勇者パーティ。――あなたたちの心の糸は、欲と虚飾に絡め取られています。もはや解きほぐすことはできません」
次の瞬間、勇者が吠えるように剣を抜いた――。
「黙れええええぇッ!」
勇者が絶叫し、剣を抜いた。
「俺たちを罪人呼ばわりするとは……死んで償え!」
「ただの女ごときが舐めた口を!」
「口封じしてしまえばいい!」
仲間たちも一斉に武器を構え、広間に殺気が充満する。
剣のきらめき、詠唱の響き、槍の軋み。
勇者パーティ全員が、力で真実を捻じ伏せようと迫った。
俺は腰を抜かしそうになりながら、必死に叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待って!? 殺されるってこれ! 裁判とかどこいった!?」
だが渚は、ただ静かに息を整えていた。
藤色の瞳が、一人ひとりを正確に見据える。
「倫太郎さん。後ろに」
その言葉に従い下がった瞬間――。
渚は剣を振り下ろす勇者の手首を払う。
「がっ……!?」
金属音が床に響き、剣は無様に転がった。
槍を突き出した戦士の体勢を崩し、肩越しに投げ飛ばす。
魔術師が詠唱を始めるが、その口元を素早く押さえ、肘打ちで沈めた。
弓兵が矢を放つも、渚は最小限の体捌きでかわし、逆に弓を奪って足元に叩き落とす。
そのすべての動きは無駄なく、流れるように――だが一瞬で。
床に叩きつけられた勇者パーティが呻き声を上げる。
「く……くそっ……!」
「な、なんなんだこの女は……!」
最後に残った勇者本人が、なおも突進する。
「俺が勇者だあぁぁッ!」
だが渚は半身に構え、彼の腕を取ると――
「力に溺れた糸は、己を縛る縄となる」
低く呟き、体重移動で背負い投げ。
勇者は石畳に叩きつけられ、二度と立ち上がれなかった。
広間を支配していた怒号と殺気は、あっという間に静寂に変わった。
倒れた勇者パーティを前に、誰もが言葉を失う。
俺は震える声でぽつりと漏らした。
「……マジかよ。勇者パーティ、全員まとめて秒殺って……バランス崩壊してない?」
渚は衣の裾を正し、落ち着いた声で告げた。
「――真実は、力ではねじ曲げられません」
その言葉が、広間に重く響いた。
床に叩きつけられた勇者の手から、渚はするりと一本の剣を抜き取った。
それは血のように赤い光を帯びる大剣――ドラゴンキラー。
王国でも屈指の魔剣であり、市場で取引されれば王家の報酬額の四倍に値する代物だった。
「なっ……返せ! それは俺の……!」
勇者が血走った目で叫ぶが、渚は剣を掲げて冷然と言い放つ。
「――これこそ、動かぬ証拠です」
広間にどよめきが走る。
渚は机の上に並べられた記録を示した。
「勇者一行に渡された正規の褒美は、累計しても王城の支出の半分以下にすぎません。
にもかかわらず、あなたは報酬の四倍の価値を持つ武具を手にしている。
金貨の行方と照らし合わせれば――答えは一つしかありません」
勇者の顔から血の気が引いた。
仲間たちも青ざめ、言葉を失う。
「あなた達は褒美以上の贅沢をしていました。その原資は、王城から消えた金貨以外にあり得ないのです」
渚の声は静かだが、確信に満ちていた。
倫太郎回想
勇者パーティの聞き取りを終えた帰り道。
俺は妙に引っかかることを思い出した。
(そういえば……あいつら、やけに高そうな剣を持ってなかったか?)
王都の広場で勇者一行が肩で風を切って歩いていたときのことだ。
勇者が、誇らしげに背負った大剣を見せびらかしていたのだ。
「見ろよ、これがドラゴンキラーだ! これ一本でドラゴンでも真っ二つだぜ!」
「ははっ、報酬をつぎ込んだ甲斐があったな!」
取り巻きの声に、勇者は満足そうに笑っていた。
(でも……あれって報酬額の何倍もするはずだよな? いくら何でも釣り合わない……)
俺は渚にそのことを打ち明けた。
渚はしばらく黙って聞いていたが、やがて頷いた。
「――それは重要な糸です、倫太郎さん」
「じゃ、じゃあこれで勇者が怪しいって……!」
俺が身を乗り出すと、渚は静かに手を上げて制した。
「いいえ。今は口にしてはいけません。証拠は、然るべき時まで温存するべきです。
勇者たちの影響力はまだ強い。今告げれば、あなたの言葉ごと揉み消されてしまうでしょう」
「……っ」
言い返せず、俺は唇を噛んだ。
渚は少しだけ柔らかな表情を見せた。
「ですが、必ず使います。いざというとき――真実を決定づける切り札として」
その言葉に、俺の胸は高鳴った。
(……俺の情報が、渚さんの推理に役立つ……!)
不安と同時に、どこか誇らしい気持ちが芽生えていた。
回想ここまで
「やっぱりそうだったか!」
倫太郎も自信満々に確信に満ちていた。
「ち、違う! 俺は……!」
勇者がわめき立てるが、その声には力がなかった。
ギルバートが深いため息を吐く。
「……兵士を侮辱したときよりも、この瞬間がよほど恥ずべき姿ですな」
兵士たちが勇者と仲間を取り押さえる。
抵抗する気力もなく、勇者パーティは次々と縄をかけられていった。
倫太郎は固唾を呑んで見守りながら、心の中で呟く。
(……終わった。これが、勇者の本当の姿だったのか)
渚はドラゴンキラーを机に置き、冷ややかに告げる。
「欲望に絡め取られた糸は、もはや修復できません。――ここで断ち切られるべきです」
その言葉が、勇者という象徴を完全に葬った。
縄で縛られ、兵士たちに連行される勇者パーティ。
剣も魔法も奪われ、英雄の威光など一片も残っていなかった。
「国の恥さらしめ……!」
「勇者パーティは本日をもって強制解散とする!」
会計官の宣言が響いた瞬間、広間はざわめきに包まれた。
市民たちの口から漏れるのは、失望と怒りの入り混じった声ばかりだった。
「勇者が……盗人だったなんて……」
「俺たち、ずっと騙されてたのか……」
その光景を見つめながら、俺は思わず苦笑していた。
(……マジかよ。こんな連中に“役立たず”ってクビにされたのか、俺)
胸の奥で何かがほどける音がした。
今までの屈辱や後悔が、逆に滑稽に思えてくる。
(バカにされ、追い出されて……でも、それでよかったんだ。俺は俺の道を歩けばいい)
渚の横顔が視界に入る。
彼女は微笑を浮かべながら、静かに倒れた勇者たちを見送っていた。
こうして王城金貨横領事件は幕を閉じた。
勇者パーティは捕縛され、強制的に解散。
そして俺は――かつて憧れ、同時に苦しめられた存在から、ようやく自由になったのだった。
胸に芽生えた新しい決意を抱えながら、俺は大きく息を吐いた。
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