助手、誕生

倒れた盗賊たちを見下ろしながら、渚は落ち着いた声で兵士を呼んだ。


「この者たちは、指名手配されていた盗賊団ですね。通りすがりで現行犯でしたので」

「な、なんと……! よくぞ制圧してくださいました!」


駆けつけた兵士たちは慌ただしく盗賊団を縛り上げ、その場で賞金の受け渡しを行った。

手のひらに乗せられた袋が、ずっしり重い。


「わ、わぁ……! 俺、一生でこんな金持ったことないかも……」

「命の危険を冒して得た対価です。しばし安心して食事を取りましょう」



宿の食堂。焼き立てのパンとシチューの湯気に包まれながら、ようやく腹を満たすことができた。

数日ぶりのまともな食事に、倫太郎は涙目でスプーンを運ぶ。


「うまっ……! このシチュー、コンビニのレトルト十個分くらいありがたい……!」

「ふふ、随分と飢えていたようですね」



渚は落ち着いた微笑を浮かべ、静かに名乗った。


「私の名は――真導渚。人の心の糸を調律する“霊織士”です。表向きはカウンセラーをしています」


「カウンセラー……? いや、待ってください。カウンセラーって、この異世界にもあるんですか!?」


驚く俺に、渚は頷いた。

「心を病むのはどこの世界も同じこと。私は人々の乱れた心をほぐす手助けをしているのです」


「……すごいですね」

俺は深呼吸してから、スプーンを置いた。


「俺は――高原倫太郎。元は日本っていう国で、ただの高校生やってました。気づいたら召喚されて、勇者パーティに入ったんですけど……すぐにクビで」


自分で口にしながらも、荒唐無稽すぎて顔が熱くなる。

普通なら鼻で笑われるに決まっている。


だが――渚はあっさりと頷いた。

「ええ、分かりますよ。あなたの心の糸は、この世界の人々とは明らかに異なっていますから」


「……え?」

拍子抜けして、思わず固まる。


渚は淡々と続けた。

「それに、すでに街の噂になっています。――“異世界から召喚された少年が勇者パーティを追放された”と」


「えぇぇっ!? マジですか!?」

俺はスプーンを落としそうになった。

誰も知らないと思っていた俺の素性は、すでに人々の口の端に上っていたらしい。


渚は小さく微笑んだ。

「安心してください。私は倫太郎さんを“異世界人”ではなく、一人の人として見ています」


その言葉に、胸の奥の重石が少しだけ軽くなった気がした。



その夜、二人は宿に部屋を借りた。

渚は一室を相談室代わりに整え、翌日から依頼を受ける準備を始める。


「宿泊期間が過ぎれば、また次の宿を探すことになるでしょう。ここは正式な事務所ではありませんから」

「そ、そうなんですね。でも……俺も手伝わせてもらっていいですか? 助手みたいな感じで!」


倫太郎は勢いで言葉を吐き出していた。

追放されてから初めて、「誰かの役に立てる」かもしれないと思えたからだ。


渚は少しだけ目を細め、穏やかに頷いた。

「ええ。倫太郎さんの糸もまた、きっと誰かを救う力になります」

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