恋したカフェの店員さんが同じ学校の先輩だったし、そのカフェでバイトすることにした
斜陽
0章 中学生
第1話
俺、天城想大(あまぎそうた)にはずっと好きな人がいる。
それはーーー
「お待たせしましたあ。メープルシナモンラテです!」
「あ、ありがとうございます」
行きつけのカフェの店員さん、水野さん。
いつものカウンターで、彼女は屈託のない笑顔で僕の注文を聞いてくれる。
もちろん接客用の笑顔なのはわかっている。それでも、あの笑顔は反則だと思うくらい可愛い。
注文を受けると、軽やかに「かしこまりました」と返して、くるりと背を向ける。そしてポニーテールがふわりと揺れる。僕はその後ろ姿をつい目で追ってしまう。
そして何より楽しみなのはーーー
「今日も勉強ですか?ファイトです!」
僕の頼むラテに水野さんは直々にメッセージを書いてくれるのだ。
女の子特有の丸っこい、フワフワした可愛い字体。まさに水野さんが書く字だ。
正直、これだけが楽しみといっていい。このためだけに少ないお小遣いを握りしめてカフェに行くのだ。
もちろん、水野さん目当てではあるが、僕にも一応建前はある。
僕は今中学3年生、つまり高校受験を控えている。だからカフェで毎日勉強に励んでいる...ということになっている。
初めは図書館が空いてないから仕方なく行く、ぐらいのモチベーションだったが、気づかないうちに水野さん目当てに変わっていた。
今や、カフェに行く理由は水野さんが9割、受験勉強が1割ぐらいだ。
だから僕はほぼ毎日行き続けた。その分だけメッセージももらった。
最初は定型文チックなメッセージだった。
「ご購入ありがとうございます!」
「ごゆっくりくつろぎください!」
「今日も1日頑張りましょう!」
ただ、ほぼ毎日通ったおかげか、さすがに途中で顔を覚えられて、徐々にメッセージも砕けたものになっていった。
そして、その過程がとにかく楽しかった。
「今日も勉強ですか?お体だけは気をつけて!」
「勉強に必要なのは糖分!これを飲んでチャージしましょう!」
どのメッセージも、受け取った瞬間水野さんの声で脳内再生される。
だから、水野さんと喋っている感覚になる。
雨の日も風の日も、受験本番が近づいても行き続けた。
志望しているのは秋定高校という、この近辺では優秀な進学校。正直偏差値は少し足りなかったが、このカフェでエネルギーをもらってるから大丈夫。科学的根拠の一切ない、謎の自信があった。
「季節の変わり目は風邪ひきやすいから気をつけて!」
「いつも勉強お疲れ様です!もうすぐ受験なのかな?」
受験生ということも雰囲気でバレ、知らないうちにメッセージも敬語じゃなくなっていた。
ラテに書かれたメッセージで一方的に会話を受け取る。そんな日々が続いた。
そしてーーー
「受かった...」
僕は見事、第一志望の秋定高校に受かった。
模試の偏差値も常に少し足りなかったのでおそらくギリギリだろう。
正直運が良かったかもしれない。でもその運を掴むのも実力が前提だ。
両親も自分のことのように喜んでくれて、「頑張ってよかったな」と思うのと同時に、僕の頭の片隅に、「もう1人」報告しなければいけない人がいた。
もちろんあのカフェだ。
受験が終わってから結果発表までの間の1週間、行ってなかったあのカフェ。それまでは毎日通って、元気と活力をもらっていたあのカフェ。
無意識のうちに僕はカフェに赴き、カウンターに立っていた。
カウンターの向こう側から顔を出したのは...水野さんだった。
久しぶりに見たけど、やっぱりかわいいなあ...
アルバイト用にまとめられたポニーテールは、彼女によく似合っていた。きちんと整えられた前髪も、彼女らしい清潔感があって可愛らしい。
そして、大きな瞳――ふと見つめられると、なんだか吸い込まれそうになる。
「...ご注文は?」
水野さんの甘い声で僕は現実に引き戻される。まずい、カウンターで妄想に耽っていた。
「あっすみません!...え、えーっと、メープルシナモンラテ、で」
「かしこまりました」
水野さんはニコリと笑ってから、いつものように後ろの厨房にくるりと背を向け、ラテを作ってくれる。
久々に見たその後ろ姿に見惚れながら、僕は葛藤する。
...いつ志望校受かったって言おう。
そういえば、メッセージ越しでやり取りしていたせいか、直接会話らしい会話をしたことはなかった。
そもそも、カフェのカウンターで店員さんに話しかけるなんてそんな勇気...僕にあるわけ...
僕の心の中のミニ想大が葛藤に苦しんでいた、その時だった。
「なんだか久しぶりですね」
水野さんは後ろを向いて作業をしたまま、フランクに言葉を発した。
...あまりに予想外の出来事に僕は一瞬何が起こったのか把握しきれず、固まってしまう。
...え、今の水野さんの言葉、もしかして僕に向けての言葉...?
後ろを向いても僕以外に客はいない。ということは...
そう気持ちの整理がつきかけたその瞬間だった。
「最近、見なかったから元気かなーって思ってました」
振り返った水野さんは、これ以上ないくらいの笑顔でラテを差し出してくれた。
眩しくて、胸の奥がじんわり熱くなる。
その笑顔ひとつで、僕の一週間分の不安がふわっと溶けていく気がした。
ーーきっと、好きってこういうことなんだと思った。
舞い上がった僕は、無意識のうちに口走っていた。
「あの...僕...」
「高校受かりました!」
水野さんは虚を突かれたような顔をしていた。
「秋定高校っていうところなんですけど...正直受かるかどうか微妙なラインで...でも毎日ここで継続して勉強してたから拾ってくれたのかなって思うと...その...お礼、いいたくて...」
「だから、今日来ました。久しぶりに」
水野さんは大きな目を見開いて、ずっと驚いた顔をしていたが、すぐにいつもの業務モードの笑顔に切り替えると、黙々とメッセージを書いてくれた。
なんだかいつもよりメッセージを書く時間が長い気がする。油性ペンの「キュッキュッ」という音が店内に数秒鳴り響く。
「お待たせしました。メープルシナモンラテです」
受け取った瞬間、メッセージに目を通す。
「合格おめでとう。秋定高校だったら、わたしの後輩だね!」
メッセージには花丸マークも添えられていた。
僕はそのメッセージを見て、地蔵のように固まってしまった。
「え...」
「えええええええええ!?!?」
...水野さんはクスクスと笑っていた。
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