第10話

 今後の優哉ゆうやのことを考えて冬紀ふゆきにある提案があり部屋に訪れる。そして冬紀が座っている隣の椅子に腰を降ろし話を始める。

「十年前ぐらいに受けた仮想空間教室のプログラム作成の仕事あったよな」

ある小学校での実施で仮想空間参加型教育のプログラムの仕事の件を思い出し、冬紀に振ってみる。学校に行けなくても、そこで学問は学べるはずだと思ったのだ。

「優哉にはこれだけはと思って言いました 学校に無理して行けとは言わないが堕落はするなと とりあえず体験入学があるのでそれに参加させてます」

「あ…そうなんだ…」『相変わらす対策早いな』と苦笑いする。

冬紀は行動が早くて優哉には、すでに進めているうえに、今のところ体験入学だが参加させていた。

「十年前に組んだプログラムなのでメンテも必要と思ってボクも参加してますゲストとして だから優哉も誘ったんですよ」

「今のところ遅刻せず行ってますよ ボクの方が時間だよって起こされるぐらいだ」

冬紀がくすっと微笑んだ。

「そこの学校は子どもたちのレベルに合わせての学習なので無理がないはずです」

「そっか」

俺は冬紀が付いているなら大丈夫だと。ほっとする。

「学校の方も色々と問題を抱えているようです けじめと暴力を始め規則と自由の違い 区別と差別 人の捉え方は様々ですから」

「…」

冬紀と話をしていると時代の最前線に立っている発言だと、自分の考え方を見直す切欠になる。

「平和ボケしていると世間から消されます」

「そうだな」『怖い世の中だな』と身震いする。

「冬紀には本当に助けられてばっかりだよ ありがとう」

冬紀が俺の言葉に首を横に振る。

「自分で納得いかないことは実行しないと気がすまないだけですよ」

優哉には、いい切欠になったことは間違いない。

「好きの努力は戦力になります」

どんどん新しいものに塗り替えられていく世の中だ。

「ぼぉっとしていると浦島太郎だな」

俺はこの手の話は外野だなっと心で思いながら冬紀の部屋を後にした。

 優哉はあまり声を発しないので意思表示が分かりづらい、今までかなりの努力をしてきたんだと思う。それに気づかずにいた為に結果的に今の状態になってしまった。俺は優哉のことについて風紀と話し合っていた。居間でお茶を一緒にいただきながら優弥の今までの苦悩を二人で理解しようとしていた。

「学校は俺たちの時代とは勉強学習の量が違うから ましてや優哉は発達遅れ障害を抱えているのに負担だったじゃないかって思っている」

「…そうだね」

「でも自分の得意分野を見つけたみたいだから良かったんじゃないかな 今は冬紀に任せようと思っている」

「…」

風紀が俺の発言に無言だった。冬紀に任せたことに納得いかなかったのだろうかという思いが過る。赤ちゃんの時から見てきたのは風紀だ。自分が優哉の手助けになりたい気持ちはわかる。でも今の状況では俺たちでは救えない。


 梅雨の時期に入り蒸し暑さとじっとりとした空気の中、傘を差し、いつもの路地を歩いて帰宅する。『あれっ!』帰り道の途中にある喫茶店で、見覚えのある人物が窓際でコーヒーを飲んでいる。俺は気づき手を振るが、浮かない顔をした本人は軽く礼を返した。俺は気になり、喫茶店に入りその人物の席へ。

「珍しいね 冬紀 気分転換?一緒にいい?」

「…はい」

冬紀がこの時間帯に一人でお店にいることは滅多にないことだ。俺が冬紀の隣に座ると、店員がやってきた注文を聞かれ俺もコーヒーを頼んだ。

「優哉はどう?学校には馴染んでいる?」

あれから一ヶ月か、仮想空間学校に体験入学して、その後のことは、冬紀に任せたままだったので気になり問いかける。

「…」

俺の問いに無言だ。俺は『これはなんかあったか』と不穏を感じ取る。

「浪樹さん…すいません…」

いきなり謝罪から始まった、かなり深刻なのか、彼らしくないことがかえって不安になったが、何があったかを問いかける。

「冬紀 気にしないで話してくれないか」

俺の問いに踏ん切りつけたのか重たい口を開く。

「優哉を参加していた仮想空間から完全追放しました」

「っ!」

俺は驚いて目を見開いた。

「これから何故あんなことをしたのか?本人に尋問するつもりです」

「…尋問って」『犯罪者扱い?』

「まだボクに対してやったことなので他の人に危害を加えた訳ではないのが幸いですね」

「?」

俺の中で真相が見えてこない、不思議に思いながら冬紀を見つめる。

「仮想空間だとはいえ何をやっていい訳ではないんです身体に影響はないですが心は傷つきます」

「えーと何をしたんだ優哉は?」

「強姦されました 未遂ですが」

「…」『はぁ…仮想空間内で襲われたと…』俺の中ではその空間世界はゲームの中の世界観の認識にしかならず『襲われた?』の認識がついてこなかった。冬紀が言うには自分が作った教育仮想空間内も現実世界と同じで街があり、お店があり物を買ったりと生活感があり、実際に警察もいるのだという。引きこもりの人たちがより社会に溶け込めるようにと現実社会と同じスタイルを実現させたという。冬紀も引きこもりだったからこそ作れた世界観なのだろう。

「なぁ とりあえず俺が優哉に話を聞いてみていいかなぁ」

いきなり尋問はかわいそうな気がして提案を出してみる。少しの沈黙の後「わかりました」と冬紀が納得してくれた。俺は頼んだコーヒーを飲み干し先に店を出る。帰宅した家では丁度風紀が不在だった。そして優哉の部屋をノックする、優弥が扉を開けた。

「優哉少し俺と話をしないか?」

優哉に持ちかけるとコクリと首を降ろした。俺は優弥の部屋内へと入った。ベッドに腰を降ろしある質問をしてみた。

「冬紀が困ってたけど どうしたんだろう?」

「ぼく…ふゆきにぃちゃん…すき」

「そうか」『友達のいない優哉と仲良く接してくれたのは確かに冬紀だ 依存してもしょうがない でも…』俺の中でどう説明していいのか考え込む。

「ふゆきにぃちゃんは…ぼくだけのものにしたい」

「…」『これはもう執着だな』

優哉のことを悲観に取れない、俺も風紀に執着しているところがあるからだ。

「ところで仮想空間の生活は楽しかったか?」

俺はとりあえず仮想空間の学校生活がどうだったか問いかけてみる。

「ふゆきにぃちゃん…と…いっしょに つくるの たのしかった でも がっこうは ふゆきにぃちゃんが とおいい」

優哉が本音を口にする。今まで冬紀の仕事の手伝いをしていたのに、仮想空間の学校では距離があったから、なお寂しく感じたのかもなと優哉の口ぶりで感じとれた。

「ふゆきにぃちゃん…おこったの?…がっこうはいれない…」

「びっくりしたんだよ」

「ごめん…なさい…」

優哉が悲しそうに謝る。俺はそんな優哉がかわいそうに感じて頭を撫でていた。

 冬紀に本当のことを伝えるために部屋を訪れる。本来なら本人同士で話をさせた方がいいのかもしれないが、感情的になりすぎてもと思い、優哉の気持ちは俺から伝えることにした。馴れ合いはあまり好きではない冬紀は少し考え込んでから、ぼそりと告げた。

「ごめん 家出ることにする」

「…そっか残念だ」

やっぱりそうくるかと想像はしていた。

「最後に優哉に会ってもらえるか」

「…時間を少しください ごめんなさい」

冬紀が頭を深々と下げて俺に謝罪した。

「いや いいんだ こっちこそ気を使わせた すまない」

お互い時間が必要なのかもしれないと自分に言い聞かせて冬紀を見送ることにした。

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