第二十六章 記録者の終端(しゅうたん)
第二十六章 記録者の終端(しゅうたん)
翔子が拾い上げたその封筒は、異様な冷たさを持っていた。
『記録最終処理:白石翔子(予定)』
ファイルには封がされ、宛名の下には小さくこう書かれていた。
『記録者の転属に伴う“終了処理”——管理プロセスに基づく』
翔子は唖然とした。
「……私が“記録者”になったことで、逆に“処理対象”になった……?」
榊原が現れ、静かに頷いた。
「記録者は、“記録に縛られる者”でもあります。 記録された瞬間に、その存在は記録体系の一部となり、ある条件で“削除対象”として扱われる……それが、記録管理者の宿命」
光輝が怒りを込めて叫ぶ。
「そんなの、理不尽すぎる!翔子は誰かの声を救ってきたのに、なんで……!」
榊原はファイルを手に取り、開示コードを入力した。
中には、未開封の“音声データ”が一つ。
再生すると、それは懐かしい声だった。
クワノの声:「翔子さん、もしあなたがこの記録を聞いているのなら、私と同じ場所に立ったということですね」
「私もかつて、記録者として誰かを救いたいと願った。 でも、記録するたびに、自分が少しずつ消えていくのを感じていました」
「だから私は、自らの“最終記録”を先に残しました。 誰かが、私を記録してくれるように」
翔子は息を呑む。
「翔子さん、記録とは“存在を渡す”行為です。 そして、あなたの存在を受け取る者がいれば、あなたは消えずに済む」
光輝が、そっと翔子の手を握った。
「……俺が、記録するよ」
翔子は涙をこらえ、マイクに向き直った。
「これは、白石翔子の記録。 私は記録者として多くの声に触れ、名前を呼んできた。 その声たちは、今も私の中に生きている。 私の存在が彼らを通して残るなら、私は恐れない」
榊原が記録完了の印を押す。
ファイルにはこう記された。
『記録継続中:白石翔子 記録維持者:高原光輝』
そして、再生機の奥から、一つの新しいラベルが印刷される。
『記録者ナツメ・クワノ 再記録完了 記録維持者:白石翔子』
翔子は気づく。
「……私も、クワノも……誰かに記録されることで、生き直したんだ」
風鈴がやさしく鳴った。
ちりん……
翔子と光輝は、互いの声を確かに残しながら、新たな記録の扉を開ける。
それは、決して“終端”ではなく——新たな“はじまり”だった。
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