第二十二章 声の檻
第二十二章 声の檻
原記録庫の最深部は、鉄格子の扉で封じられていた。
扉には張り紙が一枚――
『未読記録管理区画:要認証。解放禁止。記録再生による侵食の恐れあり』
だがその下には、誰かの手で殴り書きされた文字も添えられていた。
『それでも、声は聞かれたがっている』
翔子の手が、自然と扉に触れる。
触れた瞬間、まるで“感情”を感じた。 不安、怒り、悲しみ、そして“希求”。
(ここに、閉じ込められた“声”がある)
扉がゆっくりと開いた。
そこは、録音テープと古いレコーダーが無数に並ぶ“声の檻”だった。
だが、どのテープにもラベルがない。
光輝が戸惑いながら言う。
「……どれが誰の声か、分からない……」
翔子は一つのテープを選び、再生ボタンを押した。
『……いたい、いたい……わたし、ここにいるのに……誰も、呼んでくれない……』
ノイズと共に、部屋の空気が重くなる。 壁に掛けられた風鈴が、風もないのに揺れた。
ちりん……
別のレコーダーが、勝手に再生を始める。
『やめて……記録しないで……そんなふうに、残されたくない……!』
光輝が声を上げる。
「止めろ! これ、まずい……“声”が生きてる……」
だが、すでに全ての機器が暴走を始めていた。
『忘れないで……』『忘れて……』『ここにいる……』
音声が重なり、部屋が共鳴し始める。 翔子は両手で耳を塞ぐが、声は頭の中へ直接流れ込んでくる。
そのとき。 天井のスピーカーから、はっきりとした“少女の声”が聞こえた。
『翔子……わたし、ちゃんと記録されたかったんだよ』
美紀――その名前を翔子は叫んだ。
「美紀!? あなた……ここに……」
『うん。でももう、私じゃない。たくさんの“記録されなかった声”と一緒になったの』
風鈴が、激しく鳴った。
ちりん! ちりん! ちりん!
翔子の目の前に、黒い“音の霧”が現れる。
その中から、無数の“顔なき存在”が浮かび上がる。
『返して……』『名前を……』『記して……』
光輝が翔子の肩を掴み、叫ぶ。
「翔子! “名前を呼べ”! “声を返せ”!」
翔子は震える声で言った。
「……志村真由! 神田茂! 美紀……白石美紀!」
その瞬間、黒い霧が崩れ始め、音の渦が一気に吸い込まれていく。
そして、部屋は静寂を取り戻した。
翔子の目に涙が溢れる。
「……ありがとう。まだ、私、あなたたちを呼べる」
テープの一つが自動で巻き戻され、“新しいラベル”が貼られた。
『再記録済:翔子による命名確認』
翔子と光輝は、未読記録に向き直った。
声なき者たちに、名を、記録を、届けるために。
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