第八章 夢の中の家

第八章 夢の中の家

翔子は夢を見ていた。

それはただの夢ではなかった。夢のはずなのに、空気の匂いも、足元の畳の柔らかさも、母の声の震えすらも“現実”のように鮮明だった。

彼女はあの家にいた。もう存在しない、母と過ごした平屋。

夕焼けが障子越しに差し込み、家の中に影を落としている。廊下の奥から聞こえる台所の物音。その一つ一つが、胸を締めつけた。

「翔子、来なさい」

その声に、翔子は歩き出す。だけど、途中でふと足を止めた。

廊下の端に、誰かが立っていた。

黒髪の少女。制服姿。 顔は見えない。けれど、翔子にはわかる。美紀だ。

「あなたも……呼ばれたんだよね?」

声が心の奥に響く。胸の内側から凍るような感覚。

美紀の指す襖に、翔子が手をかけた瞬間、世界が裏返る。

畳が波打ち、水面に変わる。天井から逆さまの風鈴が揺れている。空間全体が、生と死の狭間のように歪む。

そこに立っていたのは“顔のない少女”。

「翔子ちゃん。約束、覚えてる?」

彼女の脳裏に、遠い過去の景色が蘇った。

施設を訪れた幼き日の記憶。母の背中に隠れて、不安とともに過ごした日。 そのとき、病室の片隅で出会った少女――それが、美紀だった。

「また会えるよ。私が、覚えてるから」

夢の中で流れた涙が、現実の頬を濡らしていた。

翔子は跳ね起きた。息が荒い。

風鈴の音は、どこにもなかった。

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