第五章 記録室
第五章 記録室
夜、光輝は廊下を歩いていた。
懐中電灯の代わりにスマホのライトを点け、足音を最小限に抑えながら進む。
――あの声、昨日も今日も。
「美紀」って誰だよ。
どうして、俺たちの名前を知ってるんだ。
疑問は募るばかりだった。
そして彼は決めた。
“この施設の裏を、見てやる”と。
職員用のフロアマップ。
以前、見かけたときに気になっていた「記録保管室」――電子ロック付き。
しかし、深夜のこの時間、管理室のドアはわずかに開いていた。
そこからカードキーを拝借。
ピッ――音がして、ドアが開いた。
中は書類とデータ端末、録画装置の並ぶ無機質な部屋。
埃の匂い。
“生”の痕跡が薄れていく匂い。
端末を起動し、志願者名簿を検索。
中沢悟――記録あり。
椎名翔子――あり。
佐倉光輝――もちろん。
……だが。
「美紀」という名は、どこにもない。
施設開設当初からの全記録を漁っても、“美紀”という名前の志願者、職員、訪問者すら登録されていない。
おかしい。
その瞬間、端末の画面がフリーズした。
ノイズ。
そして、音が鳴った。
ピン……ピン……ピン……
奥のファイル棚から、金属の打音。
何かが、棚の奥から這い出ようとしているような――そんな音。
光輝はスマホを向けた。
棚の隙間に、一枚の古い書類が差し込まれていた。
それは――手書きのカルテ。
名前の欄には、こう書かれていた。
《志願者:美紀(年齢不明) 状態:記録抹消済》
その下に、小さな走り書き。
《※当該人物の存在を公式記録に残すことは禁止された》
《※記録は“現象”として分類すること》
その瞬間、部屋の照明が一斉に落ちた。
スマホの光が、一人の影を照らす。
棚の端に、顔のない少女が立っていた。
光輝は言葉も出せず、ただ後ずさりした。
手に握ったカルテだけが、かすかに温かかった。
“この施設は、過去を抹消している”
それが彼の得た、最初の確信だった。
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