第10話 コールドスリープ1

 夜が明けた。


「昨日はよく眠れたかユーリ?」

「いや全然、地面は硬いし、暗くて怖いし……」


 お前さんは俺のお腹を枕にするし……。


「ベッドが、ベッドが欲しいのう」

「それには同意だな」


 夜中何度も目が覚めた。


「なんとか最深部まで行ければな……」

「でも戻るのは不可能なんだろ?」

「ああ、我が踏んだ強制転移の魔法陣は一方通行だから戻ることはできない」


 シェラが元気無さそうに呟く。

 勇者との戦いの痕はあるが、元々シェラが暮らしていた場所。

 ここよりはまだ生活基盤も揃っている。

 というか、ここが何もなさすぎる。マジでサバイバル。

 シェラの生活魔法というサポートはあるが、それも限度はあるし。

 せめて水くらいは自由に使いたいぜ。


 お互いに愚痴を言い合い、いよいよ探索へと。

 地下一層からさらに階段を降りて、地下第二層。

 基本的に灯りの魔道具自体は設置されているのだが、食糧庫に行った時と同じく魔力切れなのもいくつか。

 少し暗いが、俺には内部が見え移動に困ることはなかった。

 スキル【暗視】が影響しているのだと思う。

 ちなみに魔族のシェラは普通に暗い場所でも眼がきくらしい。


「しかしユーリよ、この状況だ、活路を見出さねばならんのは理解できるが、何故急にダンジョンに入ろうと?」

「俺にできるのは罠関連のことだけだからだ。シェラはダンジョンの中に罠が残っているって言っただろ」


 例えば昨日見つけた時食庫のように……。

 何か使える罠がないか見てみたい。

 正直、探索するのはちょっと、いや相当怖いけどな。


「それよりも、本当にこのフロアに魔物はいないんだよな?」

「心配するな、魔物の気配が近くにあれば、魔力を感知できる我にはわかる」

「お、おう、そうか」


 じゃあ昨日の無様な姿はなんだったんだろう?

 冷静さを無くしていたのかな? ……そう思うことにしよう。

 罠関係は俺が見つけ、シェラは魔物を発見できる。

 いい感じで役割分担はできているのかもしれない。

 罠を探すため【探査】スキルで周辺を調べ、罠の位置を正確に把握。

 マッピング技術とかないので、慎重に石の目印を置いたりして迷わないように進んでいく。


「基本的に地上に近いフロアは罠が多いはずだ」

「罠は人間が通らなきゃ意味がないから?」

「そうだ、ゆえに一番人の多い上層に多く設置される。地下に向かうほど、数は減るが罠の質は凶悪なものに変わるがな、我、本当やばかった」


 思い出したのか、ぶるりとシェラの体が震えた。

 見通しの良くないダンジョン通路を進んでいくと、早速罠の反応があった。

 注意して近づき、罠解析をかける。

 最初に見つかった罠は【魔矢】。

 黒い壁に隠すように設置された小指サイズの小さな黒穴から、魔法の矢が噴出される機構のものだ。

 まぁ探査で見つけられるので、隠れていても俺には関係ないけどな。


「オーソドックスな罠だな。だが、灯りの魔道具同様に魔力切れを起こしておるようだな、魔力を補充せねば矢が生成できん」

「ま……とりあえず、回収できるものは回収していこう。今は意味がなくても後で何かに使えるかもしれないしな」

「そうだな」


 数が多いというシェラの言葉通り、フロアには罠反応が結構見つかる。

 そのままの形で残っているのもあれば、ぼろぼろに壊れているものも。

 そして……。


「な、なんだこれ、おいおい……」

「どうしたユーリよ」

「いや、大量の罠反応が見つかったんだが」

「なに? どちらだ?」

「えぇと、向こうの壁の反対側のフロアだな」


 シェラとともに反応があったフロアに向かう。

 そこには……あれ? 何もないぞ。

 障害物のない見通しのいい三十メートル四方の空間。

 特筆すべきもののないただ広いだけのフロアだ。


「ユーリ、何もないぞ」

「おかしいな、そんなはずはないんだが」


 今も確かに近くに反応があるのに。


「うぅむ」

「気にするな、誰にでもミスはある、我はそれを責めるほど狭量ではない」


 ぽんぽんと肩を叩くシェラ。

 なんとなしに、俺の隣に立った彼女だが……。


「あ、あああああっ! ……ぐぶあっ!」

「シェラ!」


 どうしてか、勢いよく俺から遠ざかっていくシェラ。

 そしてそのままかなりの勢いで壁に激突してしまう。


「う、うう……痛いいいぃ」

「だ、大丈夫か?」

「なんか我、最近顔をぶつけてばかりだ、ぐうう」


 泣きそうになりながら立ち上がる、強い子だ。


「思い出した! 我思い出したぞ! これ移動床だ、敵からも味方からも、正解ルートを覚えるのがすっごく面倒で、大不評だった罠だぞ!」


 罠解析を発動、えいや。

【移動床】、特殊タイルの上に乗ったものを指定方向に移動させる……と。

 攻撃を受け流すオイルタートルの甲羅が使われているとか、うんたらかんたら。

 このタイルを組み合わせることで侵入者を望まぬ方向に強制的に進ませて迷わすってわけか、なるほどな。

 

 と、考えるのは後にして、流されたシェラを助けないとな。

 俺が動き出そうとしたところ。


「ユーリ、聞け!」

「どうした?」


 こっちに向かって自信満々に叫ぶシェラ。


「この罠の攻略方法は飛ぶことだ!」

「そりゃ地面を踏まなきゃ問題ないわな」


 俺は飛べないし、まったく役に立たないアドバイスだけど。


「もしくは、適当な物を床に乗っけて移動の軌道を読むことだ。試しに石を投げて軌道を確認すればいい」

「なるほど、合理的だな」

「さぁ、汝にこれが解けるかな?」

「いや、そもそも別に解く必要はないだろ」


 回収すればいい、回収すれば……ちょちょいとね。

 敷き詰められた足元の特殊タイル(移動床)を【罠ボックス】で回収していく。

 そのままシェラのいる位置までたどり着いた。


「実につまらん男だ、汝というやつは……」

「助けてもらっておいてお前は、自分の顔が痛いからって人に当たらないでくれる?」


 見た目は子供なのはもちろん。

 実は中身も結構子供だよな……この魔王様。

 子供になったことで精神も合わせて変化しているのだろうか。


 役に立つかはともかく罠回収をしていく。

 できたら踏んだら火を起こすとか。

 水が飛び出るとか、そんな罠が近くにあれば是非回収したいところ。

 そんなことを考えながら罠探しは続く。


「お、その壁の向こうにも一つ罠の気配があるな」

「ほう、ふむ……む?」

「どうしたシェラ?」

「な、なな、なんだっ! これはっ!」


 わなわなを身体を震わせるシェラ。

 相当動揺しているようで、額から冷たい汗を流すシェラ。


「向こうの部屋から感じる、この絶大な魔力はっ! 信じられん! 全盛期の我と同等レベルの魔力だとおっ!」

「はい?」


 何とち狂ったこと言っているの。

 俺には魔力が存在しないのでわからないけど。

 まだここ地下ダンジョンの二層だよ。

 そんな生物が表層近くのフロアにいていいの?

 わけわかんないんだけど。


「き、気をつけて向かうぞユーリ、何が出るか我にもわからん」

「あ、ちょっ!」


「危ないし、スルーして帰ろうぜ」と口に出かけたが、シェラが止める間もなく進んでいく。

 まぁここで暮らす以上、無視して過ごすのも問題か。

 せめて確認だけはしておくべきか。

 俺はシェラを追いかける。

 おっかなびっくりながら、二人で反応があったフロアに向かうと。

 その光景に唖然とした。


(なっ、あ……)

 

 目に入ったのは高さ五メートル以上ある、分厚い巨大サイズの氷。

 透明な氷塊の中には……なんと。


(お、女の子……だと)


 信じられないことに、長い白髪の美しい少女が氷漬けにされていたのだ。

 年齢は俺より少し下ぐらいだろうか。

 格好はファンタジー世界らしく、上半身を覆う銀のハーフメイルを纏っている。

 手には派手な装飾の剣を握り、膝上まで伸びる濃い赤色のスカートの下からは細く白い足がのぞいている。


「あ、ああ、あああっ! 馬鹿な……」

「シェラ?」


 少女を見て肩を震わせるシェラ。

 いつにも増してシェラの様子がおかしい。


「おい、シェラ」

「な……ぜ? 何故ここにいるのだ」


 心配して声をかけるが、俺の声も耳には入っていないようだ。

 一体、何が彼女をここまで困惑させて……


「ゆ、勇者あああああああああっ!」


(……はい?)

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