断罪され処刑された悪役令嬢、気づけば冥界で魔王の花嫁になっていました
妙原奇天/KITEN Myohara
第1話 処刑された悪役令嬢、冥界にて目を覚ます
――冷たい風が頬を打った。
鐘が鳴る。
人々のざわめきが、まるで潮のように押し寄せてくる。
「エリス=フォルティア。お前は国王陛下に対する反逆罪、および王太子殿下への毒殺未遂の罪により――死をもってその罪を償え」
玉座の前でそう宣告され、私は静かに笑った。
「……殿下。あなたが愛したのは、私の“努力”ではなく、“都合のいい人形”だったのですね」
見上げる先。王太子の目は、まるで知らぬ他人を見るように冷たかった。
隣には、泣き真似をする令嬢。私を陥れた、彼の新しい婚約者だ。
「弁明の余地はないのですか?」
「ありませんわ。――どうせ、信じてもらえませんもの」
最後の礼を取ると、護衛に腕を掴まれ、石畳の階段を引きずられる。
空には雲一つなく、青が痛いほど澄んでいた。
(ああ、やっぱり……この国の青空は、いつも冷たい)
刃が振り下ろされる瞬間、私は確かに笑っていた。
涙ではなく、誇りの笑みを浮かべて。
――そして、世界が、闇に溶けた。
***
……冷たい。けれど、血の温度ではない。
頬をなでたのは、まるで夜の底のような風。
「……ここは……?」
瞼を開けると、白ではなく“黒”が広がっていた。
天井はなく、空は逆さまに星を散らしている。
そこに、漆黒の玉座があった。
玉座に座るのは、ひとりの男。
漆黒の髪と紅玉の瞳。長い外套は闇を編んだようで、空気が震えるほどの存在感を放っていた。
「ようやく目を覚ましたか、娘」
低く響く声に、胸が跳ねる。
その声音だけで、心臓が支配されるような感覚に陥る。
「……あなたは……誰……ですの?」
「我は“冥王”ルシフェル。この冥界を統べる存在だ。――そしてお前は、我の花嫁となる運命にある」
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
「……花嫁、ですって?」
「そうだ。人の国で理不尽に殺されたお前を、我が冥界に迎えた。魂の色を見た。――お前の色は、真紅だった。強く、美しい。故に、我が后に相応しい」
「……処刑されたのに、今度は結婚、ですか」
「ふ。皮肉だな」
ルシフェルは微かに口角を上げる。その笑みは冷酷でありながら、どこか哀しげでもあった。
「……私に拒否権は?」
「冥界において、我の言葉は絶対だ。ただし――我はお前に“自由”を与える。花嫁としてでなくとも、己の意思でここに生きるがいい」
その一言に、胸の奥がわずかに震えた。
人間の世界では、誰も私の言葉を信じてくれなかった。
けれどこの魔王は、少なくとも“選択肢”を与えてくれる。
「……では、しばらくお世話になりますわ。冥王陛下」
「良い覚悟だ、エリス=フォルティア」
その名を呼ばれた瞬間、空気が弾けた。
闇の花が咲くように、黒い蝶が舞い上がる。
「――ようこそ、冥界へ。我が花嫁」
その声は、死の世界での“再生”の鐘のように響いた。
***
冥界の空は、永遠の夜だった。
だが、不思議と怖くはない。
黒曜石のような地面を歩けば、魂の光が足元で淡く揺れる。
生者の理では測れぬ美しさが、ここにはあった。
「お早いお目覚めでございますね、エリス様」
声をかけてきたのは、銀髪の侍女――死霊のように静かだが、瞳は人間より温かい。
「ここは……冥王城と呼ばれる場所ですか?」
「はい。冥王陛下が千年に渡りお治めになられている城。……そして、陛下が初めて“花嫁”として迎えられた方が、あなた様です」
「初めて……?」
「陛下はこれまで、誰にも心を開かれませんでした。戦も、裁きも、すべて冷徹にこなされて。――ですが、あなたを見た瞬間だけは、表情が違いました」
侍女の言葉に、胸がざわめく。
(なぜ、私なんかに……?)
処刑され、捨てられ、価値などないと思っていた自分を。
それでも、誰かが必要としてくれるというのなら。
「……ここで、もう一度、生き直せるのかもしれませんね」
そう呟くと、遠くから声が響いた。
「エリス。来い――夕餉を共にしよう」
振り向けば、玉座の上でこちらを見下ろすルシフェルの姿。
紅の瞳が、まるで“生者”のように熱を帯びていた。
「了解しました、冥王陛下」
ドレスの裾を持ち上げ、深く一礼する。
その姿はもう、“処刑台の亡霊”ではない。
――冥界に生まれ落ちた、新たな令嬢だった。
そして、この夜が、後に“二つの世界を変えた政略婚”の始まりになることを、私はまだ知らなかった。
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