第9話「さあ、パーリナイの始まりだぜ」
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### **デンジャラスアウトサイドBeautyズ**
### **第九話『招待状、あるいは撒き餌』**
ナイル川の中州に聳え立つ巨大な建造物は、王都中の噂の的となっていた。
昼の顔は、白い石灰岩が神々しい「ファラオの保養離宮」。その荘厳な姿は、ファラオの権威と神殿の敬虔さの象徴として、民衆の称賛を集めていた。
しかし、夜になると、その建物は全く別の顔を見せた。月光と松明の光に照らされ、壁に混ぜ込まれたピンクグラナイトが妖しく輝き、まるで巨大な生き物が甘い息を吐いているかのように、官能的な雰囲気を醸し出すのだった。
完成を間近に控え、三姉妹は次なる一手――この城に「客」を呼び込むための仕掛け――に着手していた。場所は「Club Horus」のVIPルーム。テーブルの上には、上質なパピルスが山と積まれていた。
「さて、いよいよ『ご招待』の準備ね」
さゆりが、優雅に葡萄酒を口に運びながら言った。
「表向きは、離宮の完成を祝う、ファラオ主催の盛大な祝賀会。宰相や大神官、有力貴族たちが招かれるわ。これは、宰相が勝手に手配してくれるから問題ない」
「それだけじゃ、つまんねえだろ、姉さん」
まゆみが、パピルスの一枚を手に取り、ニヤリと笑う。
「俺/私たちの城の本当の客は、そんな昼間の連中じゃねえ。この街の夜に渦巻く、もっと生々しい欲望の持ち主たちだ」
まゆみが指を鳴らすと、「Club Horus」の屈強な従業員たちが、奇妙な道具を運び込んできた。それは、粘土板に細かい模様が彫られた、原始的な「版木」だった。
「こいつらを使って、俺たちの『本当の招待状』を、この王都中にバラ撒くのさ」
その日から、王都の夜に奇妙な現象が起こり始めた。
朝、目を覚ました商人たちが、店の扉に挟まれた一枚のパピルスに気づく。
夜、仕事を終えた役人が、自宅の玄関に置かれた一枚のパピルスに気づく。
酒場で酔い潰れた傭兵が、懐にねじ込まれた一枚のパピルスに気づく。
そのパピルスは、これまでのどんな公文書とも違っていた。
インクはけばけばしい赤色で、ヒエログリフは妙に崩した、扇情的な書体で書かれていた。
中央には、ピンク色に輝く城の拙い絵。
そして、そこにはこう記されていた。
**【グランドオープン記念! 夢の離宮『アムール・ラ』**
**夜の部・特別ご優待券(笑)】**
**「ファラオには内緒だぜ! 王家の離宮で、朝までパーリナイ!」**
**「美女! 美酒! 黄金! お前の欲しいもの、全部ある!」**
**★このチラシ持参の方、最初の葡萄酒一杯サービス!★**
**★美女との『秘密のお話』料金、二割引!★**
**★仲間と五人以上でご来店なら、幹事様分はタダ!(笑)★**
それは、この時代にはあり得ない、あまりにもふざけた「チラシ」だった。
文末につけられた「(笑)」という謎の記号は、受け取った者たちを困惑させ、同時に得体の知れない期待感を煽った。
この前代未聞の「チラシ折り込み」作戦の実行部隊は、ナオミが担当した。
彼女は、市場の芸人仲間や、かつての依頼で恩を売った裏社会の人間たちを動員し、一夜にして数千枚のチラシを王都の隅々にまで配布させたのだ。彼女の部下たちは、どんな屋敷の警備も巧みに潜り抜け、ターゲットの懐に「チラシ」という名の甘い毒を滑り込ませていった。
一方、まゆみは「Club Horus」で口コミを広めた。
「なあ、聞いたか? 中州の離宮、夜はヤベえことになってるらしいぜ」
彼/彼女がそう囁けば、それは瞬く間に真実となり、夜の住人たちの間に熱病のように広がっていった。
もちろん、この騒ぎは神官たちの耳にも入った。
「神聖なる離宮を貶める、不敬なビラが出回っておるぞ!」
彼らは血相を変えて犯人探しを始めるが、尻尾を掴めるはずもなかった。なぜなら、その「不敬なビラ」を最初に手にしていたのは、彼ら自身だったからだ。ナオミの部下は、神官たちの寝室にまで、ちゃっかりと「割引券」を届けていたのだ。
王都は、二つの招待状によって、期待と混乱の渦に巻き込まれた。
昼の世界の権力者たちは、ファラオからの「公式な招待状」を手に、己の権勢を誇示する準備を始めた。
夜の世界の住人たちは、誰が作ったかも分からない「怪しげな割引券(笑)」を握りしめ、未知なる快楽への期待に胸を膨らませた。
彼らは、まだ知らない。
自分たちが招かれている場所が、ただの離宮でも、ただの歓楽街でもないことを。
そして、その二種類の招待状が、昼の蝶と夜の蛾を、同じ一つの巨大な巣へと誘い込むための、巧妙に仕組まれた「撒き餌」であることに。
三姉e姉妹は、完成した「ピンクの城」の最上階から、ざわめく王都を見下ろしていた。
「いい感じに、水が濁ってきたわね」
さゆりが、満足げに微笑む。
「さあ、パーリナイの始まりだぜ」
まゆみが、不敵に笑う。
ナオミは、何も言わなかった。
ただ、これから始まる獲物たちの饗宴を思い、静かに唇を舐めた。
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