第3章 巌窟で笑う王

第43話 兵棋演習






「それでは、ローレシア王国の領都レスター攻略作戦に関する、第18回目の兵棋ひょうぎ演習を開始します。」


司会役のエルフの宣言により、兵棋演習が開始された。

兵棋演習とは、地図上で兵棋と呼ばれる駒などを用いて、予め設定された状況下における軍事行動の有効性を研究するためのものだ。


最も、私たちの兵棋演習は地図だけに留まらない。

私たちは、飛竜による偵察飛行を繰り返すことにより、地図だけではなく、立体的な1/500スケールの都市模型まで完成させていた。

その数は、エルフの森の周辺国家にある主要都市を全て網羅する、96都市分に及んでいる。

これにより、領主などの首長の居場所はもちろん、都市を守る兵士の詰め所や動線、武器や糧食りょうしょくなどの保管場所、各種物資の輸送経路などが丸裸にされている。


情報を制する者が、戦を制するという思想だ。




話を元に戻そう。


兵棋演習の会場である統合司令部の建物には、に身を包んだエルフたちが、男女問わずに集結している。

その中にはもちろん、空軍を統括するジン、陸軍を統括するクオン、そして私の身辺警護隊長であるリヴィアの姿もある。


「諸元は、昨年の統合演習の実績値を引用します。爆撃の命中率は64%、不発弾率は13%、これを所定の条件として設定します。」


司会役のエルフは、淡々と設定を読み上げる。


「領都レスター近郊の風向きは北北東で、風速4、雲量3とします。特記事項として、領都レスターは、北東に面するアドアラス海からの海陸風かいりくふうにより、夕方からは南南西へと風向きが変化することに留意してください。」


その後も、前提となるいくつかの情報を読み上げた。


「質問しても良いか?」


ジンが挙手をして、司会役に尋ねる。


「もちろんです。空将くうしょう閣下」


司会役はすぐに快諾した。


「想定外事項について確認したい。第1目標はマーシャル辺境伯の居城だが、最新の諜報ちょうほう活動によると、今代の辺境伯は病気がちということもあり、休養のため郊外の別荘地に滞在している場合もあるという。これも確率として盛り込むべきではないか?」


司会役は、私の方に目を向けた。

代わりにジンに向かって回答する。


「よい着眼点だ。しかし、領都レスター攻略の目的は、あくまで都市の無力化と占領にある。辺境伯自身は、内政の才には恵まれているが武の才はなく、都市防衛は騎士団長に任せ切りだと聞く。すなわち、居城に対する攻撃は、主目標しゅもくひょうが司令部の破壊と騎士団長の排除、副目標ふくもくひょうを辺境伯の排除として考えるべきだろう。すなわち、辺境伯の滞在有無は、作戦に大きな影響を与えないものとする。」


私が回答すると、ジンは納得したように頷いた。


「その他に質問が無ければ、兵棋演習を開始します。よろしいですね?総裁閣下。」

「ああ――始めてくれ。」


私の言葉を受けて、第18回目になる、領都レスター攻略作戦の兵棋演習が開始された。






兵棋演習が終わり、統合司令部の司令室から、続々とエルフたちが退室して行った。


残ったのは、ジンとクオン、リヴィア。

そして、私の身辺警護副隊長であるヴェスタと、筆頭秘書官のセリカだけである。


「――――――ふぅ」


思わず、私の口からため息が漏れた。

すかさず、ジンが声をかけてくる。


「なんだ、リヒト。疲れているのか?」

「なにぶん、休暇なしで働き詰めだからな。自ら志願したとは言え、総裁はやることが多い。」


そんな私を見て、リヴィアが心配そうに声をかけてきた。


「リヒトは真面目過ぎるよ。リヒトが倒れたら、それこそエルフにとっての一大事いちだいじなんだから、ちゃんと休んでよね!――その、私も、心配だし……」


最後の方は何だか、ごにょごにょして終わったが、リヴィアも心配してくれているようだ。

すかさず、クオンも話しかけてくる。


「そうですよ、リヒトさま。いまの貴方あなたさまは、ご自分ひとりだけの命ではありません。どうか、私たちのためにも、ご自愛ください。」


ふと横を見ると、セリカとヴェスタも大きく頷いている。

どうやら、思った以上に心配をかけていたようだ。


「分かっている。次の閣僚会議が終わったら、まる1日休暇を取るさ。セリカ、スケジュールの調整を頼む。」

「かしこまりました!」


さて、次の閣僚会議に向けて、資料に目を通さないとな。






――私が総裁に就任してから、今年で40年目を迎える。


私はその間、ただひたすらにエルフ社会の改革を進めた。


軍制ぐんせいを導入し、中央官僚機構を作り上げ、公共インフラを整備し、教育や福祉、医療なども大幅な見直しを行った。


40年前は、ただ風に吹かれる落ち葉のように右往左往していた我が種族は、いまや大地にしっかりと根を張り、成長を続け、繁栄という名の花を咲かせ始めている。




私は、自らの理想を実現するための力を、ようやくこの手でつかみつつあった。





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