第39話 帰路
領都レスターの門を出て、サリアとカーチスの待つ場所へと歩く。
奴隷市場を出てからここまで、お互いにずっと無言だったが、リヴィアが静かに話しかけてきた。
「――さっきは、ひどいなんて言ってごめん……リヒト……」
ミレイ殿を助けるか否かで、口論になった時のことだろう。
いつもは凛々しい金色の瞳が、不安げに揺れていた。
心なしか、その綺麗な赤い髪まで、いつもより乱れているように感じられる。
「いや、事実、ひどい行いだろう。助けられる可能性のある同胞を見捨てたのだから。その行いに対する
私は、自分が間違った選択をしたとは思わないが、それは決して、リヴィアが間違っているという意味でもない。
どちらが正義かなど、その時の立場や状況によっていくらでも変化する。
「でもっ……!リヒトだって、悲しそうな顔をしているじゃないか……!」
悲しい――か。
確かに、私は悲しんでいる。
だが、それはミレイ殿の境遇を想っての悲しみではない。
私の悲しみは、自らの無力に対してだ。
仮に、私がもっと早くに氏族全てを統一し、エルフ社会の改革を進めることで、ミレイ殿を助けるだけの力を得ていれば。
もちろん、私はこれまで考え得る限り、最短の道を歩んできたつもりだ。
ゆえに、その“仮に”は、絶対に実現しない仮定だと分かっている。
それでも考えずにはいられない。
この弱肉強食の世界において、無力とは罪なのだ。
力なき者は、ただひたすらに奪われるだけだ。
やはり、手段など選んではいられない。
我々には、時間的な
私は、この後に取るべき行動について、改めて決意を固めた。
サリアとカーチスと合流した後、私とリヴィアは離陸に備えて
「リヴィア、今回はありがとう。こうして無事に帰還できるのも、君のおかげだ。」
私は改めて、礼を伝える。
今回の潜入では、リヴィアの着眼により最短で奴隷市場にたどり着くことができた。
もしリヴィアの気づきが無ければ、時間切れになっていた可能性が高い。
「それはこっちの話だよ。リヒトがいなければ、今ごろ私は暴走して、最悪の場合、ミレイさんと一緒に死んでいたかもしれない。」
確かに、リヴィア1人でミレイ殿を助けようとした場合は、純粋な戦力不足で失敗していた可能性はある。
自分で言うのも何だが、私は風魔法にはかなりの自信があり、今でもリヴィアより腕前は上だと自負している。
結局、私はリヴィアに助けられ、リヴィアは私に助けられたという訳だ。
潜入作戦の前、私はリヴィアを信頼していると伝えたが、やはりその考えは正しかった。
「これからもよろしくな、リヴィア。」
「リヒトこそ。これからも、私を頼ってよね。」
その後、お互いにサリアとカーチスに騎乗し、
あっという間に地面が遠くなり、地平線が見えるようになる。
西の空には、傾きつつある太陽が浮かんでおり、少しだけ赤みを増した陽光が降り注いでいた。
日没時間までギリギリだ。
これ以上、ここに留まることはできない。
私とリヴィアは、風魔法を併用しつつ、エルフの集落へと帰還するべく、急いで飛行を開始した。
後ろを振り返ると、領都レスターがどんどんと遠くなって行くのが見える。
「――さようなら、ミレイ殿。」
私の言葉は、サリアが羽ばたく翼の音に紛れて、誰にも届かず、空へと溶けていった。
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