第13話 一人で探索、第三層

 二階建ての居住区画――寝室の窓から、俺は朝日が差し込むダンジョンの岩壁を眺めていた。もちろん、太陽光が直接届くわけではないが、ダンジョン特有の青白い光が、夜明けとともに強くなるのを感じる。


(やれやれ、静かだ)


 今日は、ユウタもコウジもサナも、それぞれ外の世界で予定があるらしく、ダンジョンハウスには俺一人だ。


 二階のベッドから降り、一階のキッチンへ向かう。


 朝食は昨日サナが作ってくれたキングラットのポルケッタの残りだ。

 冷めても美味い。




(まさか、人生がここまで変わるとはな)


 思えば、わずか数週間前のことだ。


 俺――槇島ゲンキは、元テレビ制作会社の大道具兼小道具の職人だった。


 長年培った工作技術はあったが、会社をクビになり社会に見放された。

 河川敷に作った渾身の段ボールハウスもホームレスに破壊され、雨の中、絶望の淵を彷徨った。


 そして、逃げ込んだのが、この『F級ダンジョン』の第一層だ。


 当初は暖を取って雨風を凌ぐだけのつもりだった。

 段ボールで家を建て、スライムを茹でて食うという最低辺の生活。


 そこで偶然、ユウタとコウジという若者に遭遇し、俺の「悪食」と「DIY」が配信コンテンツとして爆発した。


 これがキッカケで俺の人生は、一気に加速した。


 配信の報酬でインパクトドライバーとソーラーバッテリーを手に入れた。


 一般社会、ホームレス社会で惨敗した俺のプロの工作スキルは、このダンジョンでは一級の生存能力として輝いた。


 段ボールハウスはティピーテントに進化し、そして今は、第二層の素材であるアイアンワームの鉄筋を使った二階建ての居城だ。


 一階は、リビング、キッチン、そして荷台シートの浴槽を備えた風呂場。


 アイアンワームの鉄筋で組まれた壁には防水シートが貼られ、完璧な気密性を誇る。自作の排水ポンプのおかげで、風呂の入れ替えも楽だ。


 そして二階が寝室。地面から完全に離れた高床式の寝室は、湿気も冷気もなく、快適そのものだった。



 さらに最近、料理人のサナが加わったことで、キングラットという本来なら毒にも等しい肉が、コトレッタやポルケッタへと昇華した。サナの探究心と俺の食欲が、このダンジョン生活を「サバイバル」から「グルメ」へと押し上げた。




(すべてが順調。だが……)


 俺はふと、リビングの壁に貼られた簡易的な地図に目をやった。


 第一層は広大だが、俺の家は第二層への通路の入り口からわずか数十メートルしか離れていない、一等地だ。そして、窪みにあるので探索者たちにも見つかりにくい。


 快適さの追求は、同時に飽きも連れてきた。


(キングラットはサナの腕にかかれば美味い。だが、そろそろ新しい肉も食いたい)


 いくら調理技術が上がっても、キングラットとスライム、そしてダンジョンのキノコやクレソンだけでは限界がある。


 俺の目は、地図に描かれた第二層、そしてそのさらに奥にある第三層へと向いた。


 コウジの話では、第二層にはスライムやアイアンワームの上位種もいるという。そして第三層は、まだ見ぬ未知のモンスターが潜む場所だ。


 素材への欲求もある。アイアンワームの鉄筋は最高だが、次は壁材が欲しい。頑丈で加工しやすい、何かそんな素材が。


 そして、もう一つの不安要素。


(配信のせいで場所が特定されつつある)


 アンチの探索者の存在で、俺はくくり罠を仕掛けた。だが、ユウタの配信を見る限り、コメントには「悪食ハウス特定完了」不安になるようなアンチの書き込みが増えている。


 コウジたちがいれば対処できる。

 だが、俺一人で襲われたら、あの程度の罠では命は守れない。


 ――ならば、先手を打つしかない。


 俺は短槍を握りしめた。


(単独で第三層へ行ってみよう)


 目的は、新しい食材と新しい素材の探索。ついでに、第三層のモンスターの強さを偵察だ。


 「人生、すでに詰んでるようなもんだからね。別に今更、死ぬのが怖いって感覚ないな」――この言葉は、今も俺の生きる支えだ。


 俺は台車は持って行かず、アイアンワームのワイヤーで作った鎖帷子くさりかたびらとレッグガード、短槍だけを装備した。


 万が一、逃げざるを得なくなった時、重い荷物は命取りになる。




 第二層への傾斜通路を降りる。


 第二層は、前回コウジと二人で来た経験から、今の俺でも踏破できる。


 俺は魚突きで培った集中力を高め、地面の微かな振動に耳を澄ませながら、慎重に進んだ。アイアンワームの襲撃を数回かわし、さらに奥へ。


 そして、第二層の最も奥、岩壁が大きく開けた場所に出た。そこが、第三層への入り口だった。


(これが、第三層……)


 通路は、第二層よりもさらに急な傾斜で、奥は濃い闇に包まれている。通路の脇の岩壁には、縄張りの印だろうか。明らかにキングラットやアイアンワームではない、巨大な爪で引っ掻いたような痕がいくつも残っていた。


 俺は短槍をしっかりと握り、覚悟を決めて第三層への通路に足を踏み入れた。




 第三層の空気は、まるで冷たい地下の蔵のようだ。湿度は高く、鼻を刺すような、腐敗した鉄のような匂いが充満している。


 心臓がドクドクと鳴る。俺は、全身の神経を集中させ、一歩一歩、慎重に下りていった。


 その時、通路の岩陰から、複数の影がサッと動いた。


 俺は咄嗟に短槍を構えた。


 通路の先に現れたのは、モンスターではなかった。三人組の人間だ。


 皆、俺の短槍より強そうなの武器や剣を構え、重厚な防具を身につけている。探索者パーティだろう。


 三人は俺を上から下まで値踏みするように睨みつけた。皆、二十代後半だろうか。


 リーダー格らしき背の高い男が、腕を組みながら冷たい声で言った。


「なんだ、このオッサンは……一人でこんな深くまで潜りやがって」


 隣にいた、小柄な女探索者が、俺の足元を見て鼻で笑った。


「あ、こいつ、悪食オヤジじゃない? ほら最近、配信で流行ってる」


「おい、ここはホームレスの遊び場じゃなんだよ」


 三人の視線は、俺の持つ初期装備の短槍や、腰に括り付けたホームセンターのバッグ、そして何より俺の「おっさん」という存在を、完全に馬鹿にしていた。


 俺は無言で短槍の先端をリーダー格の男に向けた。


「なんだ、やる気か? そっちがその気なら、容赦はしねぇぞ」


 三人組の探索者パーティとの、最悪の遭遇だった。

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