第7話 新素材を求めて 

 トラックの荷台シートで作った浴槽に浸かり、全身の汚れと、キングラットの残りの臭みを洗い流した翌朝。


(くそ、寝心地は段ボールハウスの頃と変わらねぇな)


 ティピーテントは外気を完全に遮断してくれたが、地面に敷いた防水シートと段ボールだけの床では、体の底から冷え込み、寝返りを打つたびに腰が痛んだ。風呂で回復した体力も、一夜で失われるような感覚だ。


(次は、ベッドだよな。地面からの冷気を遮断し、湿気を逃がす、高床式がいい)


 俺が次のDIY計画をノートに書き込み始めたちょうどその時、ティピーテントの入り口からコウジの声が響いた。


「悪食オヤジさん。いますか?」


「ああ、いるぞ。ユウタはどうした?」


「ユウタは次の配信の準備です。俺はちょっと、いい材料を持ってきたんで」


 コウジはテントの扉を開け、両手に抱えた異様な物体を俺に見せた。それは、長さ三メートルほどもある、太いミミズのような、チューブのような生き物だった。その表面は鉄のように鈍い光を放っている。


「コウジ君、それなに?」


「アイアンワームっていう、第二層にいるモンスターっす」


 アイアンワーム。第二層。その言葉に、俺の興味は一気に高まった。


「第二層のモンスターなんて、結構強いんじゃないのか?」


「一体一体はただの硬いミミズなんで、大したことないですよ。ただ、こいつ、硬くて重いのが厄介で」


 俺は好奇心に勝てず、アイアンワームに触れてみた。


(うおっ……!)


 体温は感じない。まるで太さ五センチの鉄筋のような硬さだ。


「これなら、テントの強化、ベッドのフレーム、キッチンの骨組み。なんでも作れるじゃないか!」


 俺の心臓が早鐘を打った。今までのDIYは、ホームセンターの資材と、ダンジョンの廃材に頼るしかなかった。だが、これは違う。金属加工されたかのような、しかも無料の資材だ。


 コウジは、俺の興奮ぶりを見て、やや呆れたように言った。


「そうっすね。強度も十分だし、鉄筋代わりになります。ただ、重すぎて俺一人じゃこれ二本運ぶのが限界で……第二層にあと十体くらい、死骸を置いてきちゃったんすよ」


「なにぃ!? 十体も!?」


 鉄筋十本分の素材が、すぐ下の二層先に転がっている。まるで、ホームセンターの資材がタダで手に入るような話だ。


「よし、運ぶぞ」


「え? オヤジさん、どうやって?」


「これだ」


 俺はティピーテントの隅に積んでいた、折りたたみの小さな荷台(台車)を取り出した。


 ホームレス時代、俺は河川敷の縄張り争いで家を壊され、移動を余儀なくされた。その教訓から、「いつでも即座に全財産を移動できる手段」として、ホームセンターで買っていたのだ。


「ホームレスは定期的に移動を余儀なくされるんでな。道具を運ぶのは得意なんだ」


 俺たちはすぐに第二層へ向かった。




 第二層は、第一層よりも明らかに暗く、空気も湿っていた。コウジが指し示す先には、黒光りしたミミズ状の死骸が十体、ゴロゴロと転がっている。


「こいつ、死ぬとすぐに硬直するんすけど、まだ柔らかいうちに形を整えておけば、その形状で固まるらしいっす」


 コウジの言葉を聞き、俺のクリエイター魂は完全に火を噴いた。


(形を整えて固まる? 鍛冶場がなくても金属加工ができるじゃないか!)


 俺とコウジは協力して、アイアンワームの死骸を台車に積んでいく。




「さて、まずは俺の寝心地の悪さを解消してもらうぞ」


 俺は早速、アイアンワームを素材にしたDIYを開始した。


 四本のワームを地面に並行に置き、四隅を曲げたワームで直角に固定する。さらに中央に三本補強を入れ、高床式のパイプベッドのフレームが完成した。


 次に、昨日ホームセンターで買ったベニヤ板をフレームの上に乗せ、その上に、段ボールを何重にも重ねてマットレス代わりにする。最後に寝袋を敷けば、完璧な寝床の完成だ。


 俺はベッドに寝転んだ。


「うおお……!」


 地面の冷たさも、岩のゴツゴツした感触もない。まるで雲の上にいるような寝心地だ。


「こりゃ、想像以上に寝心地が良い! これなら、快適な睡眠が得られるぞ」


 生活レベルが、また一つ跳ね上がった。


 続いて、残ったアイアンワームでテーブルと椅子を作る。


 二本のワームを四つ足にして、天板にはホームセンターで買った化粧板をビスで固定する。化粧板は表面が滑らかで、手入れが楽だ。これで、調理や食事が清潔に行える。


 椅子は、曲げたワームを背もたれと座面の骨組みにし、防水シートの切れ端を貼って完成させた。


 ティピーテントの中は、一気に快適な秘密基地へと変貌した。


「コウジ君、助かった。礼を言う」


「いえ、俺も素材を無駄にしたくなかったんで」


「そうか。じゃあ、お礼だ。今夜の夕食をご馳走する」


 俺は昨日摘んできたセリを取り出した。そして、残りのキングラット肉と、調味料一式を並べた。


「え、もしかして……キングラットっすか?」


 コウジの顔が引き攣った。キングラットの強烈な臭いと、ユウタのゲロ配信を思い出しているのだろう。


「いやいや、いいから、まぁ座れ。下処理は完璧だ。それに、今日はセリと醤油がある」


 俺は強引にコウジを椅子に座らせ、調理を開始した。


 アルミ鍋に泉の水を入れ、セリを大量に投入。そこに、念入りに湯通ししたキングラット肉を入れ、醤油ベースのシンプルな割り下で煮込む。


 ぐつぐつという小気味の良い音と共に、香りが立ち込める。醤油とセリの香ばしい匂いだ。あの、腐敗臭を思わせるネズミ臭さは、完全に消えていた。


「よし、できたぞ! 食え!」


 俺は椀にセリと肉を取り分け、コウジに手渡した。コウジは覚悟を決めたように、肉を一切れ口に入れた。


 モグモグ……


 そして、次の瞬間、コウジは目を見開き、絶叫した。


「なっ……う、美味いーーッッ!」


「そうか! じゃぁ、俺も食べるぞ」


 俺も食べる。美味い! ネズミ肉特有の少し硬い食感はあるものの、セリの清涼感と醤油の旨味、そして肉の脂が合わさり、極上の鍋料理になっていた。


「うおおおお! マジかよ、あのキングラットが!」


「なんだ、このセリの力は! まるで別の肉だ!」


 俺たちは二人で、鍋をあっという間に平らげた。


 食後、俺は出来上がったばかりのテーブルに肘を突き、コウジに真剣な顔で言った。


「コウジ君。見ての通り、このティピーテントは物理的に狭くなってしまった」


 ベッド、テーブル、椅子がテントのスペースを占有し、導線が悪くなった。


「それに、あのアイアンワームは素晴らしい。俺のDIYの限界を一気に押し上げてくれる。もっと素材が欲しい」


 俺は立ち上がり、コウジの肩に手を置いた。


「頼む。第二層に連れて行ってくれないか? ユウタは配信機材のセッティングがある。運搬と採集なら、俺が役立つはずだ」


 コウジは少し考え込み、俺の顔をまっすぐ見た。


「悪食オヤジさんのDIYの腕は、俺も認めます。食材加工の腕も、この鍋で分かりました」


「だが、第二層はキングラットだけじゃない。もし戦闘になったら、オヤジさんの命が危ない」


 コウジは懐から短槍を取り出し、ジャキンと伸長させた。


「悪食オヤジさん。一つ、テストをさせてください。オヤジさんが、どれだけ自分の命を守れるか、見せてもらいます」


 俺は、無言でコウジの短槍――もとい、物干し竿を見つめた。


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