第2話 おっさん、配信される
段ボールハウスで目覚めた俺は、まず顔を洗うため、昨日見つけておいたダンジョン内の泉へ向かった。
(やけに明るいな。これがダンジョン特有の光か)
ダンジョンの天井からは、青白い光が降り注いでいた。天然の蛍光灯みたいで、電気代はかからない。これはいい。
泉は岩壁の窪みから流れ出ており、水は冷たいが透き通っている。
(この水、飲めそうだな……)
「ふう……」
顔を洗ったついでに、昨日濡れてしまった下着や靴下を洗うことにした。河川敷と違って水が綺麗なので、抵抗はない。
石鹸はもちろんないので、ただ水で濯ぐだけだが、気持ちがいい。
と、その時、泉の脇にある岩の陰が、プルプルと動いた。
「なんだ、あれ?」
それは、半透明の青い塊だった。直径三十センチほどのゼリー状の物体が、微かに脈打っている。
「これが、モンスターか……」
立て看板には『F級ダンジョン』とあった。おそらく、一番弱いモンスターだろう。しかし、こいつが俺を殺しにかかってきたらひとたまりもない。武器なんて持っていないのだから。
だが、怯えている暇はなかった。その青い塊――スライムが、プルプルと、泉の縁を滑るようにこちらへ向かってきている。
「う、うわっ!」
咄嗟に、手に持っていた物干し竿を突きつけた。
河川敷ホームレス時代、物干し竿は段ボールハウスの目隠しや骨組みに使っていた、俺にとっては必需品だ。
先端がスライムの体を貫いた瞬間、『ブチュッ』という変な音がした。まるでゼリーが破裂したような感触が、手のひらに伝わる。
物干し竿をグイッと引き抜くと、スライムは力が抜けたように岩の上にへたり込み、そのまま完全に動きを止めた。
「ふう、なんだ、この程度か」
勝手に拍子抜けした俺は、そのスライムを泉で念入りに洗い始めた。
(これで飯が食えたら、ホームレスレベルが大幅に上がるぞ)
小学生の頃、雑草や昆虫を食べてしまうお調子者が、たまにいると思うのだが、俺が当にその類だ。
大人になってからも、賞味期限切れですこしいたんだ食べ物を食べても、腹を壊したことがない。味に関しても、美味いに越したことはないが、不味くても一向に構わないと思っている。
段ボールハウスに戻ると、昨晩使った廃材の残りで火を起こし、持っていたアルミ鍋に泉の水を入れ、スライムを投入した。
茹でている間、段ボールハウスから外を眺めていると、若者二人が、スマホを構えてこちらへやってくるのが見えた。
「まじかよ! ダンジョンにホームレスが家を建てて住み着いてるんだけど!」
「ヤバすぎる絵面だろ! おい、このホームレス、今すぐ配信しちゃおうぜ!」
「ああ、絶対バズるぞこれ!」
最近流行りの、ダンジョン配信者って奴らだ。
「おい、勝手に撮るんじゃねぇ!」
俺が鍋から茹で上がったスライムを取り出し、箸で持ち上げて怒鳴ると、若者の一人がスマホから顔を上げてニヤリと笑った。
「すいませんね、おっさん。でも、もうバズってますよ」
「なっ! バズってるだと? どれくらいだ」
「ダンジョンに住み着いたおっさんが、モンスター食おうとしてるってことで、今、同接二千人。やばいっす」
もう一人の若者が、こちらにスマホの画面を見せてきた。画面には『悪食オヤジ、スライムを喰う』というテロップが表示されている。そして、流れるように『www』や『投げ銭』の文字が画面を埋め尽くしていた。
「投げ銭、すげえ。おっさん、これ、かなりの額いきそうっす」
「投げ銭だと?」
若者たちは顔を見合わせ、目をキラキラさせていた。彼らにとって、俺は絶好のコンテンツなのだろう。
「オヤジさん。どうせなら、俺らと専属契約しませんか?」
「は?」
「俺らがオヤジさんのプロデュースします。ダンジョンでDIYしたり、モンスター食べたり。もちろん、撮影協力費として出演料は払いますよ」
元テレビマンだった俺の目が、カッと見開かれた。
「出演料!」
それは、もうすぐ貯金が尽きた俺にとって、命綱だった。藁だろうが、蜘蛛の糸だろうが、すがりたい。
「わかった。出演料、前払いで五万円だ。今日中に振り込め。いや、現金で今払え。そしたら考えてやる」
「マジっすか!? やっべ! オヤジさん、話がわかる!」
若者たちは大喜びで、財布から現金を出すと、俺に手渡した。
「じゃあ、オヤジさん、さっそく。そのスライム食ってみてください!」
スライムは、茹でてもゼリー状のままで、ほんのり青みがかった色をしている。箸で掴むと、ぷるんと震えた。
「食えるのか、これ……」
一口。
「……不味いな」
まず、味がほとんどない。ただ、多少塩味があらうような、微妙な風味が残る。しかし、食感は悪くない。
「喉越しは、まあまあだな、むしろいいかも」
その言葉が配信に乗ると、コメント欄はまた大爆発していた。
こうして、俺は住処を失った末に、ダンジョンのホームレス配信者として、再スタートを切ることになった。
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