第十九章:白狐の導き

「色の残滓」から呪いの正体に関する断片的な記憶を辿り、ユイ、ミコ、レンの三人は、言葉を失い立ち尽くしていた。

 敵の正体は、単なる異形の怪物などではない。意思を持ち、太古からこの世界に寄生し続ける、巨大な生命体。その事実は、彼らの心を重く圧し潰していた。

 その、張り詰めた沈黙を破るように。

 音もなく、彼らの前に、再びあの白狐が姿を現した。

 雪のように白い毛並み、何も映さない鏡のような瞳は、初めて出会った時と同じく、静謐せいひつで神秘的な気配を宿している。

 白狐は今回、供物を置く代わりに、ユイの周りをゆるやかに、まるで舞うように旋回した。

 そして、何かを促すかのように一方向へとしなやかに歩み始める。

 ユイは、白狐の足跡から響く、ごく微かな「音」に導かれるように、無意識にその後を追っていた。

 それは、これまで感じたことのない、清らかでありながら、どこか切望を帯びた、不思議な「色の音」だった。

 ミコとレンも、戸惑いながらユイの後に続く。

 白狐がユイたちを誘ったのは、異世界の中心からやや外れた、ほとんど忘れ去られたような廃墟だった。

 崩れかけた石造りの壁には蔦が絡みつき、内部はここもまた色彩を失ったような灰色の世界が広がっている。

 白狐は、その廃墟の奥深く、ひときわ大きくそびえ立つ一枚岩の石碑の前で、ぴたりと立ち止まった。

 石碑には、見慣れない記号や図形がびっしりと刻まれているが、風化が進み、その意味を読み取ることは困難を極めた。

 ミコは石碑の周りに残る、わずかな「記憶の色」に集中し、過去の残響を懸命に拾い集めようとする。

 レンは警戒心から周囲を鋭く見渡しながらも、この白狐の行動に、ただならぬ意味があることを感じ取っていた。

 白狐の目は、ただじっと、ユイを見つめている。

 まるで、ここに隠された真実を、お前自身のその手で解き明かせと、無言の命令を下しているかのようだった。

 その視線は、単なる動物のそれではない。

 ユイの持つ特別な感覚と直接共鳴し、彼女の奥底に眠る何かを、呼び覚まそうとしている。

 石碑に注意を促した後、白狐は一行をさらに奥、朽ち果てた神殿へと導くように、再び静かに歩き始めた。


(第十九章 了)

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