第十三話『団長の、はじめてのおつかい2』
両手に大量の荷物を抱え、俺はアジトへと帰還した。 扉を開けると、待ち構えていた奴らが、涎を垂らさんばかりの勢いで一斉にこちらを向く。 俺は床の上に買ってきたものを叩きつけるように置いた。
「ほらよ!てめえらの言いつけ通り、買ってきてやったぞ!」
「おお!組長様!おにく!おにくです!」
イグニは巨大な肉の塊に目を輝かせて飛びつき、生でかじりつこうとする。
「まあ、イグニさん、お行儀が悪いですわよ!」
セシルがイグニを止めつつ、野菜を検品し始めた。
「あら? 団長さん、このニンジン、少し形が悪いですわね。もっとこう、神の御業を感じるような、左右対称のものを……」
「スラムの市場にシンメトリーな野菜があるか!」
「フン。本当に年代物なのだろうな……?」
リリスは胡散臭そうに、ゴブリンの密造酒(眼球入り)を光にかざしている。 ラベルが読めないほど汚れているが、それが逆に「古文書」のように見えたらしい。 彼女は瓶から直接ラッパ飲みすると、一瞬、ピクッと体を痙攣させた。
「……む!? この、舌が痺れるような刺激と、喉を焼くアルコール……! まさに、失われた王朝の味だ! 小僧、よくやった!」
「ククク……あれはただの腐敗臭だがな。まあ、失明しても余は知らんぞ」
ザガンが小さな声で煽るが、リリスは「これぞ本物だ!」と勘違いしたまま、上機嫌で酒を呷っている。
そして、ザガンは。 俺が買ってきた二つのケーキを、いつの間にか顕現させた銀のフォークで、そっと一口、口に運んだ。 ゆっくりと咀嚼し、飲み込むと、こう言った。
「…ふむ。及第点、といったところか。まあ、貴様の働きとしては、上出来だろう」
心からの感謝の言葉など一つも聞こえてこない。
俺の中で、何かが、ぷつん、と切れた。
「てめえらあああああああああああああ!!!!」
俺の絶叫は、しかし、誰の耳にも届いていなかった。
俺が怒りに震えているのを尻目に、宴は最高潮に達していた。
「旦那様! お肉! 焼いてください!」
「待ちなさいイグニさん! そのお肉、まずはわたくしが、この聖なる炎で清めますわ!」
セシルが手のひらに神々しい光を宿し始めた。
「やめろ! 家の中で魔法使うな! また壁に穴開ける気か!」
「これは浄化ですのよ! エクス――!」
ボフンッ!! セシルの手のひらから放たれた光が、肉の塊を直撃し、小さな爆発音と共に、表面が見事に丸焦げになった。
「あああああ! 俺の肉が!」
「旦那様! 炭になりました!」
「うるせえ! 中は生だ! 食える!」
俺のツッコミも虚しく、部屋の中は、完全なカオスと化していた。
俺は、その場で、がっくりと、膝から崩れ落ちた。
(…もう、いい…。疲れた…)
◇◇◇
その夜。 宴(という名のバカ騒ぎ)が終わり、全員が、がらんどうのアパートの床で雑魚寝をしていた。 硬い床のせいで、俺はなかなか寝付けずにいた。 天井のシミをぼんやりと眺めていると、隣から小さな寝息が聞こえてくる。
俺は、そっと体を起こした。 月明かり(のような、天井の水晶の光)が、部屋を静かに照らしている。 そこには、俺の、どうしようもない「家族」たちの寝顔があった。
リリスは、密造酒の瓶を大事そうに抱きしめて眠っている。その顔は元女王の威厳などなく、ただの駄目なアル中だ。 イグニは、炭火焼(?)になった肉の骨を枕代わりにし、幸せそうに涎を垂らしている。 セシルは、天使のような穏やかな笑みを浮かべ、「お祈りの時間ですわ…」と寝言を言っていた。
(……ったく、どいつもこいつも、好き勝手しやがって…)
俺は、自分のいた世界を思い出す。 深夜までバイトして、クタクタになって狭いアパートに帰る。そこに、誰もいない。テレビの音だけが虚しく響く。
それに比べて、今はどうだ。 うるさくて、わがままで、腹の立つことばかりだ。地獄のような毎日だ。 だが、静かでは、なかった。
「――何を感傷に浸っている、人間」
その時、静寂を破る声がした。 見上げると、部屋の隅、崩れかけた壁に、ザガンが優雅に腰かけていた。銀縁の眼鏡が月明かり(?)に光っている。
「うわっ!? てめえ、起きてたのか!」
「余は悪魔だぞ。睡眠など不要だ。それより、その気味の悪い笑みは何だ?」
「笑ってねえよ!」
俺は慌てて口元を引き締める。ザガンは、俺の視線の先……仲間たちの寝顔を一瞥した。
「フン。このゴミ溜めで、家畜同然の連中と雑魚寝か。貴様の魂は、さぞ惨めな音色を奏でていることだろう」
「……うるせえよ」
「ククク……図星か? 貴様、このゴミ溜めでの生活に、❘
ザガンは、俺の心を見透かしたように、意地の悪い笑みを浮かべる。
「ち、ちげーよ! 勘違いすんな!」
俺は(小声で)必死に否定する。
「これは! これは一時的なアレだ! 俺はこんな生活、一刻も早く抜け出して、金持ちになってハーレム作るんだよ! こんな騒がしいだけの地獄、さっさと抜け出してやる!」
「ほう……『地獄』、か」
ザガンは、俺の必死の否定を聞いて、満足そうに頷いた。
「フン、下等な夢だが……まあよい。せいぜい、そのぬるま湯を楽しむがいい」
ザガンはそう言うと、興味を失ったように、ふっと霧散して姿を消した。
(……クソッ、あの悪魔、余計なこと言いやがって……)
俺は悪態をつき、もう一度、仲間たちの寝顔に視線を戻した。
「ん……むにゃ……旦那様……お肉……」 イグニが、幸せそうに寝言を言った。
俺は、誰にも聞こえないくらい小さな声で、呟いた。
「……まあ…こんな生活も…悪くは、ない、か…」
(……いや、最悪だわ! やっぱ、金持ちになって、ハーレム作る方がいい! 断然いい!)
俺は、今度こそ自分の本音を上書きするように、強く、強く念じると、目を閉じた。 不思議と、さっきよりは、床の硬さが気にならなくなっていた。
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