第14話

リンクの上で流れ落ちるライトの光が、佐藤舞斗の頬に浮かんだ涙を煌めかせていた。

 実況席では、アナウンサーと解説者がその姿を食い入るように見つめている。


「佐藤選手、素晴らしい演技を披露しました。ああ……佐藤選手が泣き崩れています。ここまで感情を見せるのは初めてではないでしょうか。」

 アナウンサーの声には、深い驚きと敬意が混じっていた。


「そうですね。技術力では昔から定評のある選手でしたが、今日の演技は表現力が段違いでした。心を打つものがありましたね。」

 解説者が静かに頷く。


「果たして得点はどう出るでしょうか。」


 カメラが切り替わり、キスアンドクライへ。

 舞斗は鬼頭コーチの隣で、まだ少し震える呼吸を整えながら得点発表を待っていた。


 ——母に向けて滑ったショート。

 人生で一度きりの覚悟を込めた演技。

 その余韻が、胸の奥に静かに残っている。


「佐藤舞斗選手、ショートプログラムの得点……112.03点。現在2位です。」


 アナウンスが響く瞬間、観客席のざわめきと歓声が重なる。

 舞斗は一瞬だけ目を伏せた。悔しさでも納得でもない、複雑な感情が胸を通り過ぎる。


 鬼頭コーチがそっと肩を叩いた。

「よくやったよ。胸張れ。」


 舞斗は微笑み、観客に向けて手を振った。

 やりきったはずなのに、胸の奥がキュッと締め付けられる。


「まさか届かない……佐藤選手、2位という結果になりました。」

 実況席の声が淡々と響く。


 ——結果は結果。でも今日は、それ以上のものを滑った。



 インタビューエリアに姿を現した舞斗の表情は、すでにいつもの落ち着きを取り戻していた。

 ただ、目の奥だけは赤みが残っている。


「佐藤選手、お疲れ様です!」

 記者がマイクを向ける。


「非常に素晴らしい演技でしたが、ショートは2位でした。今のお気持ちは?」


「はい。自分としては納得のいく演技ができました。」

 舞斗はゆっくり言葉を選ぶように話す。


「ワン選手の内容は難易度も表現力も高かったですし、今日の結果には納得しています。それに……今回の大会は結果よりも、自分が本当に“伝えたいこと”を表現するほうが大事だったので。」

 少し笑みが戻る。

「それができたので、今日は自分を褒めてあげようと思います。」


「今回は“mother”という、佐藤選手にしては珍しい曲調を選ばれましたが、その理由は?」


 記者の質問に、舞斗の目がふっと柔らかくなる。


「今シーズン、自分がフィギュアを続けている理由をもう一度考えてみたいと思ったんです。僕がスケートを始めたきっかけを作ってくれたのは母で……。」

 舞斗は少し照れたように笑う。

「母と一緒に観に行った映画の主人公がフィギュアスケーターで、それに憧れてリンクに通うようになった。その初心を思い返しながら滑りました。」


「素敵なお話ですね……。貴重なご回答ありがとうございます。明日のフリーも応援しています。」


「こちらこそ、ありがとうございます。」


 ライトの下で一礼した舞斗の横顔には、競技者としての覚悟と、ひとりの息子としての切なる願いが、静かに宿っていた。

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