私はどうやらこの物語のラスボスらしい

日傘

衝撃の告白


 話がある。と告げられて、連れてこられたのは滅多に使わない空き教室だった。



 ゴールデンウィーク明けの5月。桜も散って、初夏を感じる爽やかな緑が街を見たしていた。涼しげな風。はためくカーテン。隙間から差し込む夕暮れ。


 私をここまで連れてきたその相手は、意を決したようにこちらを振り向く。 


「樹ちゃん。驚かないで、聞いて欲しい」


 名前を呼ばれる。なにか大きな覚悟を決めたようなその顔と、一世一代の告白の前振りのようなその台詞に、自然に背筋がぴんと伸びた。




「私、転生者なの」 

「…………ん?」

「ここは、漫画の世界なの」

「…………んん?」



 一世一代どころじゃないな。前代未聞の告白が聞こえたんだけど。


「楓」

「なに?」


 名前を呼ぶと、私の親友は、この動揺の元凶は真剣な顔で返事をしてきた。


「面白い冗談だね?」

「冗談じゃないよ」


 真剣な顔で返事をしてきた。


「全部本当のはなし」


 真剣な顔で話を続けた。


「お願いだから信じて欲しい」


 真剣な顔で懇願してきた。 


「樹ちゃん」


 真剣な顔で名前を呼ばれた。


「樹ちゃん」

「…………」

「樹ちゃん」

「いや、ちょっと」

「本当なの」

「うん。いや、うん」

「樹ちゃん」

「……っす〜」

「樹ちゃん」

「…………」

「いつき、」

「あー、わかった。とりあえず話聞かせて?」


 圧に負けた。


「ほんと?」


 ぱっと楓の顔が明るくなる。

 うん。そうだよ楓はその顔じゃないと。さっきみたいな真剣な顔しないで欲しい。なんか変に身構えちゃうからさ。 


「漫画の世界っていった? どういう漫画なの」


 口だけ先走ったけど、頭はまだ全然追いついていないし信じられない。この世界が漫画なわけない。漫画ってもっと壮大な世界のはずだ。

 この世界は至極平和。宇宙人が襲来してくるわけでも、未知のウイルスに世界が汚染され出るわけでもないし。日常系ラブコメとかなのだろうか。


「この世界の題名は」

「うん」

「『復讐の契約』」

「……なんて?」

「『復讐の契約』」


 物騒な題名だな。



「変わった題名のラブコメだね」

「ごりごりにバトル漫画だよ?」

「うそでしょ」


 この世界で何をどうバトルするんだ。


「びっくりしてるね」

「そりゃするでしょ。こんな平凡な世界でバトルとか」

「平凡じゃない!」


 どん、と楓が近くの机に両手をついた。


「悪魔とか精霊とかいる世界が平凡なわけないでしょ」

「え、そうなの?」


 別に普通じゃん。どこにでもいるでしょそんなの。


「しかも、その悪魔とか精霊とかと契約して異能力使う人たちいるし」

「契約者のこと?」


 別に普通じゃん。ちょっと業務内容派手なただの職業でしょ。


「未登録の契約者が悪いことして暴れ回ったりするし」

「違反者のこと?」


 別に普通じゃん。悪いことしちゃう人はどこにでもいるもんなんだよ。


「その違反者を取り締まるために契約者が毎日奮闘してるし」

「それが契約者の仕事だからね」


 別に普通じゃん。悪魔や精霊と呼ばれる契約種と契約して、悪い奴らを取り締まる。


「かんっぜんにバトル漫画の世界観でしょ」

「なんで?」


 別に普通じゃん?


「あたしが元々生きてた世界には契約者なんていないの」

「え、それじゃあ未契約の契約種ばっかいるってこと? 超絶危ないじゃん」


 未契約のやつって暴走したりするし。そっちの世界の方がよっぽどバトル漫画っぽいけど 


「いや、そもそも契約種なんてもの存在しないから」

「うえぇ!?」


 存在しないの? 契約種が?


「え、じゃあ犬とか猫とかもいないってこと?」

「それは普通にいたよ」

「えぇえ?」


 なにそれ変なの。


「ていうか樹ちゃん、契約種のこと犬猫とおんなじようなものだと思ってるんだ」

「そんなに変わらないでしょ。人間の近くにいるけど人間じゃない種ってことで」


 言うと、楓はなんとも言えない表情でうなづいた。


「なんか、ずれを感じるなぁ」

「え、なんの?」

「ううん。私には契約種って特殊だけどこの世界の人からしたら、これが普通なんだって実感しただけ」


 噛み締めるようにつぶやかれたその言葉。契約種のみがいないと言う謎の世界。


「楓、ほんとに転生者なんだ」 

「え、信じてくれてなかったの」

「流石にあんな爆速では信じられないよ」


 ぐっと目を細めて睨んでくる楓に言い訳する。いきなり親友から前代未聞告白されたら理解追いつかずに口が先に動いちゃうこともある。


「一応聞くけど、樹ちゃん。私を精神病院に連れて行こうと思ったりは……」 

「してないけど。連れてって欲しいの?」

「いいえ全く」 


 食い気味の拒否に少し笑ってしまう。冗談のつもりだったのにそんなに本気になるなんて。


「でも、私以外の人には言わない方がいいと思うよ」


 私は楓と仲がいいからギリギリ信じられたけど、他の人が聞いたらそれこそ冗談でもなんでもなく精神病院直行だろう。


「もちろん言わないよ。いっても意味ないしね」

「意味ない?」 

「うん。私の知り合いほとんどモブだし」


 モブ。物語に深く関わらない人たちなのか。


「樹ちゃんには、言う意味があるからカミングアウトしたんだよ」


 あれ、その言い方だとなんか……



「私は物語の主要人物なの?」


 そういっているように私には思えてしまうんだけど。


「もちろん主要……いや、重要人物だよ。樹ちゃんは私の最推しだったし!」 

「お、おぉ」


 声のトーンが数段上がった楓に少し気圧される。


 それにしても最推しとな。推してくれる人がいるほどに私は物語に関わっていたのか。


「どう言う立ち位置だったの?」


 私はバトルはできないから、ライバルとかではないだろうし。

 私の問いに楓は満面の笑みを浮かべて、わきわきとしながら口を開いた。


「樹ちゃんはね」

「うん」

「ラスボスだよ」

「…………」

 


 うん?


「ラスボスだよ?」


 驚きのあまりおうむ返しをしてしまう。 


「そう。樹ちゃんはラスボス」


 丁寧にもう一度言ってくれた楓だが、私はまだ理解が追いついてない。


「ラスボスって、悪いやつじゃん」

「そうだよ」

「楓は悪いやつが好きなの?」

「樹ちゃんだから好きだったんだよ」 


 平然と言ってのける楓に驚きが隠せない。

 まさか最推しがラスボスだなんて。どんな趣味だよ、こいつ。



「具体的に、どのくらい悪いことしてたの。私」


 バトル漫画とは言えど、ほのぼのコメディ風バトル漫画説も拭いきれない。ちょっと万引きとか、多少の嫌がらせとか、そのくらいの罪であって欲しい。

 ていうかそうであれ。そうであるはず。


「うーん。どのくらいって聞かれると、描写されてない部分もあるから分かんないけど。とりあえず、主人公の家族は皆殺ししてたかな」

「大罪人じゃねぇか」


 あー。それで『復讐の契約』ね。家族殺された主人公が私に復讐を誓う物語って訳ね。



「理解したくなかったぁー……」


 こんなに嬉しくないタイトル回収初めてだわ。

 確実に私殺されるじゃん。主人公が私のこと殺して終わる物語じゃんこれ。


 地獄に落とされる気持ちってこんななのかなと思うレベルで私の心は暗くなった。流石にまだ死にたくない。


「安心してよ、樹ちゃん」


 私を地獄に落とした張本人が意気揚々と笑顔で言う。 


「樹ちゃんは、まだ罪を犯してない。ラスボスになることを回避することができるはずだから!」


「ホントに?」


 楓の言葉に私の心は一気に浮上する。 


「たくさん考えたけど、やっぱり私、最推しには生きてて欲しいから」

「楓〜!」


 あんたと親友で本当に良かったよ。


「それで、私は何したらいいの? どうしたらラスボスにならずに済む?」

「それはズバリ、悪魔と契約しないこと」


 指をピシッと立てて楓が言う。



「……というと?」


 抽象的すぎてあんまり理解できずに首を傾げた私。そんな私をみて楓はにこりと笑って続けた。


「今日から一週間後、樹ちゃんの18歳の誕生日の日、樹ちゃんは四肢を失います」

「うん」


 うん。なんて?  



「四肢を失う?」


 いきなりすぎて驚きが遅れてやってきたけど?

 ナチュラルに物騒レベルトップクラスのワード出してこないでくれます?


「そん時に、悪魔が出てきて樹ちゃんはそいつと契約しちゃうの。四肢を戻してもらうためにね」

「はぁ」

「そしたら……」 

「そしたら?」



「人間を殺しに殺すバーサーカーに転じるわけよ」

「いやわけわかんないよ」


 展開が爆速かつ意味不明すぎる。


「なんで私四肢失う訳?」

「描写されてないからわかんない」 

「なんで私バーサーカーになるの?」

「描写されてないからわかんない」

「くそ、勿体ぶらずにしっかり描写しろよ漫画家!」


 経緯を描け経緯を! 赤子が読んでもわかるくらい懇切丁寧に!


「絶賛連載中の漫画だったから。まだ明かされてない秘密マシマシだったんだよね」

「……なるほどね」


 自分を落ち着かせるために一旦深く深呼吸する。


「今までの怒号の展開をまとめると、私の友達は転生者。ここはバトル漫画の世界。私はラスボス。ラスボスにならないようには悪魔と契約しないこと。悪魔と契約しないために私は一週間後の誕生日、四肢を守り抜かねばならないと」

「そう! さすがよく分かってるね樹ちゃん」

「いや全然分かってないけどね?」 


 いまだに混乱中よこっちは。


「とりあえず、樹ちゃんは四肢を守って! そうすれば樹ちゃんは樹ちゃんのままいられるから!」

「わ、わかった」


 流石に日にちがわかっているんだから回避はできるはずだ。

 四肢を失うということはなにか事故にでもあったのだろう。それならばその日外に出なければいいだけの話。


 だいじょうぶ。私はラスボスになんかならない。







 と、思っていた時期が私にもありました。

 

 

 

 

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