呪われた勇者は、魔王の力で生き延びる……。

茶電子素

第1話 生きるために闇へ堕ちる。

目を開けた瞬間、肺が焼けるように痛んだ。

冷たい石畳の上に倒れていたらしい。

視界の端で、黒いもやがゆらゆらと揺れている。

いや、靄じゃない。人影だ。

鎧をまとった兵士たちが、俺を取り囲んでいた。


「……勇者殿。お目覚めですか」


低い声が響く。

目の前に立つのは、銀の鎧を着た騎士。

だが、その目は俺を見下すように冷たい。

勇者?俺が?冗談だろう。

昨日まで、俺はただの大学生だったはずだ。

レポートに追われ、コンビニのバイトで夜更かしして……

気づけば、暗闇に飲み込まれていた。


「勇者殿。あなたには魔王を討つ使命がある。しかし――」


騎士は言葉を切り、俺の左手を指差した。

そこには、黒い紋章が刻まれていた。

皮膚に焼き付けられたような、禍々しい紋様。

見ただけで吐き気がする。


「それは呪印。魔王に選ばれし証。勇者でありながら、魔王の眷属でもある……」


ざわめきが広がる。

兵士たちが剣を構え、俺を囲む円が狭まっていく。

待て。状況が理解できない。

俺は勇者なのか、敵なのか。

なぜ俺だけがこんな目に――。


「処刑すべきだ!」

「いや、利用できるかもしれん!」

「だが危険すぎる!」


怒号が飛び交う中、俺は必死に声を絞り出した。


「待て!俺は……俺は何も知らない!気づいたらここにいて……!」


だが、誰も耳を貸さない。

そのとき、頭の奥に直接響く声があった。


《……生き残りたければ、力を使え》


ぞっとするほど甘美な声。女の声だ。

同時に、左手の紋章が熱を帯び、黒い炎が立ち上る。

俺の意思とは無関係に、兵士たちの剣が次々と溶け落ちていった。


「な、なんだこれは……!」

「呪炎だ!魔王の力だ!」


恐怖に駆られた兵士たちが後ずさる。

俺は震える手を見下ろした。

これは俺の力なのか?

それとも、魔王の呪いなのか?


《選べ。抗うか、受け入れるか。どちらにせよ、もう戻れはしない》


声は笑っていた。

俺はただの大学生だった。

勇者なんて柄じゃない。

だが、ここで殺されるのはごめんだ。

生き残るためなら、どんな汚名でも背負ってやる。


「……いいだろう。俺は生きる。たとえ呪われた勇者だとしても」


その瞬間、黒炎が爆ぜ、兵士たちを吹き飛ばした。

石畳に立ち尽くす俺に誰も近づけない。

こうして俺は、勇者でありながら魔王の呪いを宿す存在――

「呪われた勇者」として、この世界に刻まれることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る