スキルなし無能?いいえ、私の最強スキルはこの口紅です

椿零兎

第一章「なにこれ、異世界?! いや、待って、能力ゼロってどういうこと!!」


私は紅口咲、24歳のフリーターって今はどうでもいいか。

ちょっと、私の話を聞いてほしい。


私はスーパーのレジ打ち帰り道、突然の光に包まれて──気がつけば、異世界の森の中に立っていた。


「残念ですが、アナタの通常スキルはゼロです。この世界で楽しんで生きてください♪」


ついてすぐに脳内に響く声に絶望しかなかった。魔法も剣術も使えない。

何の力もない私は、途方に暮れて森をさまよっていた。


そのときだった。背後からガサリと茂みが揺れ、獣のような唸り声が響いた。


「……何、いまの音」


振り返ると、目の前にいたのは大きな黒い狼。目が赤く光り、よだれを垂らしてこちらを見ている。


「ウソ、戦うとか無理だから!!私の世界ではこんなんないから!!」


パニックで後ずさる私の足がもつれ、地面に倒れ込んだ。狼は距離を詰めてくる。心臓が跳ね上がる。終わった――そう思ったその瞬間、持っていたバッグの中身をぶち撒けてしまった。そして何かが転がっていくのが見えた。


それは、私が普段使っている赤い口紅。


「……え、なんでこれが?」


「その口紅を塗ってください!」


どこからか、澄んだ鈴のような声が聞こえた。


まさかと思いながらも手に取り、声に従うように震える手で唇に塗ってみる。すると――


口紅は一瞬、深紅から灼熱のようなオレンジに変化し、次の瞬間、唇からまばゆい炎が放たれた!


「きゃあああああ!? なにこれ、なんか口から出た!?私の口燃えた!!」


口から放たれた炎はまるで意志を持つかのように狼を包み込み、唸り声を上げて怯ませた。


「うそ、口紅で……魔法が使える……?」


自分でも信じられなかった。でも確かに、あの口紅が反応した。赤は火――そう直感した。


狼が再び飛びかかろうとしたその時、私は恐る恐るもう一度塗った。今度は色がレモンイエローに変わる。塗った途端、光の弾が目の前に現れ、狼の目をくらませた。


「光……!」


狼がひるんだ隙に、私は体勢を立て直す。無意識にもう一度口紅を塗ると、今度はライムグリーンに変わり、体の痛みがスッと消えていく。


「癒しの効果まで……」


あまりのことに頭の中が混乱していた。でも、分かった。この世界で私が持っているのは“スキルゼロ”のはず。でも、この口紅だけは違う。この口紅を通すと、何故かスキルが使える。


「これが……私の能力……!」


狼が最後の一撃を放とうと突進してくる。私は恐怖で足がすくんでしまう。でも、震える手で再び口紅を塗ると、燃えるような赤に変化した。その色に届くように、私は叫んだ。


「お願い、燃えて!!」


次の瞬間、私の周囲に炎が巻き上がり、巨大な火柱となって狼を飲み込んだ。

叫び声とともに狼の姿は消え、辺りには焦げた匂いと煙が漂うだけ。火柱も綺麗になくなっていた。


「……勝った……の?」


信じられない気持ちでがくんと膝から崩れ落ちる。だけど、確かに自分の手で倒した。口紅一本で狼を。


「まさか、こんな風に戦えるなんて……」


恐怖と興奮、そしてほんの少しの自信。私にも、何かができるかもしれない。無力じゃなかった。私だってこの世界で戦える!


何だか嬉しくなって、少し笑ってしまった。

そんなとき、森の奥から冷たい風と共に、また異様な気配が漂ってきた。嫌な気配がする。先程とは比べものにならない気配。


「……まだ何かいるの?」


身体が反応する前に、手が自然と口紅に伸びていた。次にどんな色が出るのか分からない。博打みたいな道具を使っていると思う。

でも、不思議と怖くなかった。


「よし決めた。口紅一本でがんばろう!この世界で、帰る方法を探そう。私にはそれしかないから!」


明るいのが取り柄だ。大丈夫、大丈夫だよ……。そう笑ってみせたけど、胸の奥は震えていた。それでも歩みは止めない。だって──


「私には、この口紅があるから大丈夫だよ!」


気合を入れるように叫んでから、赤い唇をなぞるようにもう一度、魔法の色を塗り直した。

今度は、敵が周りにいないからか何も発動せず、何時もの赤い口紅を塗っただけだ。


私の異世界での本当の冒険は、まだ始まったばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る