第六話:虚像の告白
雨宮優人は、ついに全てを自白した。その告白は、憎しみと、ある種の達成感に満ちていた。
「そうだよ、俺がやった。俺が、姉さんの仇を討ったんだ」
取調室の空気は張り詰め、優人の静かな声だけが響いていた。
「あの男……雨宮宗介は、姉さんの才能も、作品も、魂も、すべてを奪った。そして、俺を養子にした。哀れな孤児に手を差し伸べる、慈悲深い慈善家の仮面をかぶってね。毎日、奴と同じ食卓で飯を食い、奴の金で学校に行く。地獄だったよ」
優人は、10年間、完璧な「息子」を演じ続けた。放蕩息子のふりをして油断させながら、水面下で復讐計画を練り上げていた。美術館の内部構造、セキュリティシステムの脆弱性、職員の行動パターン。彼は、この巨大な箱庭のすべてを、ハッカーとして、そして内部の人間として、完璧に把握していた。
「計画は芸術的でなくちゃ意味がない。ただ殺すだけじゃ、姉さんは浮かばれない。奴が最も誇りにしていた、あの『すべてを見通す』神の目で、奴自身の死の瞬間を、完璧な虚像として記録させたかったんだ」
優人の計画は、影山の推理通りだった。
彼は、姉の遺品である化学知識のノートから、特殊な昇華性毒物の調合法を学んだ。美術品の修復と偽って特別な薬品を取り寄せ、自ら毒を精製した。
犯行当日、彼は資料保管室からシステムに侵入し、雨宮が一人で茶を飲む映像のループを作成。そして、ループが流れている5分間に、清掃員を装ってマスターキーで密室に侵入した。
眠っているように静かだった雨宮のカップに、目印をつけておいた蛍光塗料を頼りに毒物を仕掛け、任務を遂行。そして、誰にも気づかれることなく部屋を出て、入退室の記録を抹消した。
「モールス信号は、俺からの署名(サイン)さ。あの男は嘘つきだった。そして、奴が作り上げたこの監視社会というアートもまた、嘘で塗り固められていた。それを証明したかった」
優人は、まるで自分の作品について語るアーティストのように、その犯行の細部を誇らしげに語った。彼の瞳には、狂気と、長年の重荷を下ろした安堵の色が浮かんでいた。
田中は、その壮絶な復讐の物語に言葉を失った。動機には同情の余地があるかもしれない。だが、法はそれを許さない。
「……君の気持ちは、わからないでもない」田中は、絞り出すように言った。「だが、君は人殺しだ」
「わかってるさ」優人は静かに頷いた。「俺は、俺自身の正義を執行した。それで満足だ」
これで事件は解決する。誰もがそう思った。
だが、影山だけは、まだパズルの最後の一片が埋まらないのを感じていた。
「優人君、もう一度だけ聞きます。佐伯さんを告発するメールは、本当に君が送ったものではないんだな?」
「しつこいな。俺じゃないと言ってるだろう」優人は苛立ったように答えた。「俺の復讐に、部外者を巻き込む趣味はない。佐伯さんは、姉さんの才能を唯一、正当に評価してくれていた人だ。彼女を陥れる理由がない」
その言葉は、影山の確信を裏付けた。
この事件には、「第三者」がいる。
優人の復讐劇を、すぐそばで「観測」し、自らの目的のために、物語に手を加えた人物が。
影山は、取調室を出ると、田中に行き先を告げた。
「ジュリアン・コイデのアトリエへ行きます。すべての答えは、そこにあります」
「コイデが何だって言うんです?彼は犯人じゃない。優人が自白したんですよ!」
「ええ、彼は犯人ではない。だが、彼はこの事件の、もう一人の……『作者』かもしれない」
影山がアトリエの隣の部屋、つまり監視映像の発信元だった部屋のドアを開けると、そこにいたのは、やはりジュリアン・コイデだった。
部屋の中は、コイデのアトリエと同様に、無数のモニターで埋め尽くされていた。だが、そこに映し出されていたのは、美しいデジタルアートではない。神無月美術館の、あらゆる場所に設置された監視カメラのライブ映像だった。
彼は、美術館の公式セキュリティシステムとは別に、独自の監視網を張り巡らせていたのだ。
「……何の用かな、探偵さん。僕のプライベートなアトリエに、無断で入るのは感心しないな」
コイデは、椅子に座ったまま、ゆっくりと振り返った。その顔には、いつもの傲岸不遜な笑みではなく、すべてを見透かしたような、冷たい微笑が浮かんでいた。
「あなたは何をしていたんですか?ここで」影山は静かに問うた。
コイデは、モニターに映る優人が連行されていく姿を、まるで映画でも観るかのように眺めながら、うっとりとした声で答えた。
「決まってるじゃないか。最高の芸術を、特等席で『観測』していたのさ」
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